第16話:もしもダンジョン探検をしても

「……暗いなぁ。なんだっけ、ランタン?」


「アルマ鳥目? とりあえず火はつけたよ」


 ニュクスがランタンに火を灯すと、下る階段とダンジョン内の壁面が照らされる。道幅は二人が並べる程度。ところどころ汚れや破損は見られるが壁面は綺麗だ。苔や草等が生えている様子もない。――不自然なくらいに。


「……これ、明らかに作られた洞窟――っていうか、何かの施設の名残じゃない?」


「うん。明らかに人工物だよ、この壁とか地面。……セオドアさん、調査隊の報告には何か書いてあるんでしたっけ」


 カメラで二人を撮影をしながら、セオドアが答える。


「おそらくは、超古代文明の遺跡だろうということだ。――機械人形たちが当たり前にいた時代の、ね」


「……機械の化け物がいるって言ってたっけ。武器、構えておいた方が良いかな」


 ちなみに、二人が使う『心核礼装』は変形が可能で、今はそれぞれの身体に部分鎧のように装着されている。合図一つで武器の形に戻すことが可能だ。


「いや、武器を常に構えていると気疲れするよ。まだ階段の途中だし、もし前から敵が来れば音でわかるだろう。とりあえず下に降りるまではそのままで行こう」


「了解です。……アルマ、音聞いて、違和感あったらすぐに構えよう」


「オッケー。緊張してきた……でもこれ、取れ高大丈夫?」


 五分ほど階段を下っているだけだ。かなり地味な絵面である。一応カメラは回しているようだが、大丈夫だろうか。


「まぁ、この辺はカットだろうね。でも気を抜かないように。あとから編集できる動画と違って、僕らは一つのミスで命を落としかねない。――これは、冒険なのだから」


 セオドアの言葉にニュクスとアルマは頷き、再び階段を降りていく。――そして、およそ二十分。


「――ここがとりあえず、終点? 帰り登るのだるいなー」


 降り立ったのは広い空間。明かりがないのでランプで照らしながらアルマは進む。


「今のところ、何もいなさそうだけど……」


「アルマ、ちょっと、危ないよ」


 長時間の階段で気が抜けたのだろうか。警戒を薄れさせたまま、アルマは前進していく。


「おい。敵はいなくても、罠がある可能性もある。不用意に歩き回ると――」


 ――セオドアの言葉に重なるように、空間を包み込む大音量のアラームが鳴り響いた。


「ええええええ! 何!?」


「だから言ったのに!」


「警報だ! 来るぞ、構えろ」


 ガチャガチャと音をさせて向かってきたのは、機械仕掛けの兵士が五体。以前コペルフェリアの街を襲った連中とよく似ている。機械兵士は手に持った銃を構えると、先行しているアルマに向けて発砲した。


「うわわわわわわ!」


「アルマ!」


 ニュクスは心核礼装『アルテミス』を開放し構えた。


「――戦闘、開始します!」


◇◆◇◆◇◆


 ニュクスは弓を構え、『心力』の矢を放つ。頭部に矢を受けた機械兵士はあっさりと動かなくなる。以前と比べ、特段強度が高いというわけでもなさそうだ。


「ありがと! ニュクス! わたしも――『グラム』起動!」


 大剣型の『心核礼装』を起動させたアルマは、そのまま銃弾を弾き、機械兵士を一刀両断にする。二人とも訓練を受けていて武器の扱いにも慣れてきており、初陣と比べるとずいぶんスムーズに動けるようになっていた。


「勝った! 余裕!」


 五体の機械兵士は二人の攻撃により一分と持たず無力化された。


「うん。動きは良かった。その点は褒められるけど……アルマ。油断しすぎだ。冒険の際は新しい場所に辿り着いた時こそ慎重に。わかったか?」


 セオドアがしかめ面でアルマに言う。


「うん……反省してるよ、気を付ける」


 思ったより素直な反応だった。アルマからはなんだかんだ育ちの良さがにじみ出ている。


「ニュクスはいい動きだった。ただもっとアルマに強く警告したほうが良かったな。一瞬の判断の遅れや、躊躇いが命を奪うこともある」


「……! はい……!」


 確かに。もっと強く言葉を発するべきだった、とニュクスは自省する。もしあれがアラームではなく即死につながるような罠だったらと思うと、背筋が震えた。


「よし、切り替えて。敵がいることはわかったけど、倒せるくらいの戦力だし、もうちょっと奥まで――」


 アルマが剣を持ったまま前方を向くと、カツン、という足音が聞こえた。今までの機械音ではない。人の足音に近いリズム。ニュクスは弓を構え、アルマも足音に向けて剣を構えた。


「誰だ!」


 アルマが叫んだ瞬間、広場が光で包まれた。ニュクスは思わず目を閉じる。照明が点灯したのだ。その光の向こうにいたのは――。


「あらあら。不法侵入のくせに、偉そうですわね」


 ――現れたのは、長い紫の髪の毛をロール状に巻いた、気品のある女性だった。挙動すべてに洗練された美しさが感じられる。ただし……なぜか服装が赤いジャージ姿である。その点についてはニュクスから見ても違和感があった。


「人間……? ううん、気配が違う。機械人形?」


 ニュクスの言葉に令嬢は恭しく一礼する。ジャージ以外は様になっている。


「侵入者の皆様、始めまして。わたくしはシャローム。この基地の管理者。あなた方は? 何かここに用事でもあるのかしら」


 よく見ると、手には何か黒い塊を持っている。金属性の何か。


「わたしたちは、ここが怪しいって聞いたから調査に来ただけだよ。こーんなに深い穴が開いてて、しかも機械兵士がうろうろしてんだから、怪しいじゃん? 何してんのここで」


 アルマの言葉に、シャロームは上空を見上げる。おそらくはさっき三人が入ってきたであろう、階段の上の方を。


「あら。緊急脱出口が開きっぱなしになってましたのね。センサーも故障してるようですわ。教えてくださって感謝します」


「それはいいんだけどさー。何してたの? こんなところに基地造って」


 アルマは繰り返し質問する。


「造ったったわけではございませんわ。ここは大昔からあったのです。何をしていたかという質問ですが……生産、ですわね。機械兵士や、兵器の生産工場です、ここは」


「ふーん……。じゃあつまり、壊さなきゃダメ、ってことだよね」


「あら。先ほど五機も破壊しておいて、さらに壊そうと? 不法侵入の上に器物破損だなんて、最近の学生さんは荒れてらっしゃるのね。……そこの保護者の方? あなたの教育方針、これでいいんですの? この子、狂犬すぎません? ……というかその手に持ってるもの、何ですの?」


 シャロームはアルマとの対話をあきらめたのか、カメラを持つセオドアに話しかける。


「えーっと……僕はコペルフェリアのA級冒険者です。少なくともこの場所に魔力が使えないダンジョンがあり、その内部で機械兵士が生産されている。この状況は捨ておくわけにはいきません。――もう少し、細かい調査をさせてほしいのですが」


「却下、ですわ。わたくしは忙しいんですの。早々にお引き取りくださいまし。……今なら、壊した五体については不問として差し上げましょう」


「……交渉、決裂、と。アルマ、ニュクス。頼む。ただ、無理だと思ったらすぐに撤退だ」


 セオドアの言葉にニュクスは頷く。シャロームの戦力が読めない上に、アルマとニュクスの『心力』も外部から取り入れることができない。撤退を前提にした戦闘になるのは仕方がないだろう。


「じゃあ、力ずくで進ませてもらう――ねっ!」


 アルマが『グラム』を片手に走る。シャロームが敵対行動をとるなら応戦するつもりだった。彼女が前衛なので、場合によっては引き付ける役割を負うつもりだろう。だが――。


「はぁ……乱暴ですわね。警告はしましたわよ」


 シャロームが右手を振るうと、手に持っていた黒い塊がまるで生き物のように伸び、アルマに襲い掛かった。


「えっ!? ……くっ!」


 叩きつけられた漆黒のソレをアルマは『グラム』で打ち払う。シャロームが手にしていたのは、金属で形作られた長い鞭だった。


「さぁ、戦闘を開始致しましょう。小娘ども」

 


 






 


 


 




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