第14話:もしもそのままでいられるなら

「魔族のまま、Vtuber、に?」


 ニュクスの疑問に、天乃月子――この世界におけるVtuberの始祖は、頷いた。


「ええ。ご存じの通り、Vtuberというのは姿を変えることができます。人間でも、エルフでも、ドラゴンでも、リザードマンでも、魔族でも」


「うん。それはわかるけど……」


 アルマの疑問を遮り、天乃月子は続けた。


「つまり逆に言えば――どんな姿をしていても、Vtuberであれば、それは仮想の姿であるわけです。つまりニュクスさんが魔族の姿でも、


「――あ……確かに」


「え、でもさ。それじゃVtuberっていう肩書自体が嘘にならない?」


 アルマの言う通り、ニュクスが魔族として登場したら、それはVtuberではないのではないか。


「そのまんま生身で出てたらそうですけどね。Vtuberだけど、ニュクスさんの外見そのまま、という風に設定すればいいんですよ。Vtuberって、容姿が基本変わらない――例えば、年齢とか、肌荒れとか、怪我とか、顔色とか、そういうのは設定しないと変化しないんです。つまり、見る人が見れば、明らかに生身ではないことは理解できるし、同じ姿であっても『Vtuber』である事実に嘘はない」


「…………じゃあ、私は、魔族系Vtuberのニュクスでーす、って名乗ればいい……?」


「はい。本当に魔族なのー? とか聞いてくる人ももいるかもしれませんが、基本的に『中の人』の話はタブーなんですよね。そういう風にわたくしが業界を作り上げたので。だから、そうだよーって言っとけば大丈夫かと。そして、活動を通して『魔族』であっても他の人と変わりない、仲良くできるんだと伝えていけば良いと思います。ただ……」


「ただ?」


「学校へ通う、という夢からは少し遠のくかもしれません。少なくとも、魔族のままで受け入れてもらう必要がありますから」


 ニュクスはしばし考えたあと、大きく頷く。


「――大丈夫。それは、夢の道のりだから。私は、学校へただ行きたいんじゃない。アルマと同じように、みんなと同じように、生きたい。学校は、その象徴だから」


「オーケーです。じゃあ、とりあえず、ニュクスさんだけ、Vtuber、として活動する、でいいですかね?」


「え!? 嫌だ!」


「アルマ!?」


 突然のアルマからの反論にニュクスは驚きの声を上げた。アルマは少し目を逸らしながら、彼女には珍しく小声でつぶやく。


「だって……ニュクスは肌荒れとかクマとか疲れとか見えないのに、わたしはそのまんまでしょ。そんなの嫌じゃん。恥ずかしい」


「――っ、あっはっは! そりゃあそうですよね、嫌ですよね。いいでしょう。じゃあお二人ともVtuberになっちゃいましょう! では――容姿はそのまま、でよいですか?」


 天乃月子の言葉に、アルマとニュクスは顔を見合わせ――笑う。


「せっかくだから」


「うん、せっかくだし」


『髪の色と目の色を、逆にしたい!』


 まるで、子供たちを見る母のような顔で、天乃月子は笑った。


「いいですね。エモい。何かのきっかけで正体がばれてもなんかこう盛り上がりそう。いやー才能がありますよお二人。……さて、『Vtuber』の肉体づくりは進めておくとして……」


「できるんですか? そんな簡単に」


「さっき発注しました。映像データは先日の配信のものがありますし、微調整だけで済むと思いますよ。――で、本題です。さぁ、どんな配信をしますか? というところを考える時間なのですが……」


「あ、その前に! 名前! 名前を決めたい!」


 アルマが手を上げた。


「……名前?」


「そう、わたしたちの、ユニット名? みたいな」


「あー、いいですね。大事ですソレ。SNSでの発信を考えたら、語感のいいシンプルなユニット名があるとよいですね。……名前は、本名でいきます?」


「うん。たぶん忘れちゃうし、だったら最初から、アルマとニュクスで」


「私も異論はないです」


 下手に偽名を付けると混乱の元だし、髪と目の色が違っても容姿が同じなら知人にはすぐにバレてしまうだろう。


「じゃあユニット名……そうですねぇ。お二人の特徴とかから、決めるのが良いかと」


「特徴? やっぱ、そりゃ、魔力がない、ってことじゃない?」


「確かに。じゃあ、ノーマジック、とか、ノーマナ、とか?」


「んー、あんまかわいくないなぁ……」


 話し合いは進む。まるでごっこ遊びの設定を考えているみたい。子供のころ、体験できなかった喜びに、ニュクスは思わず笑みを浮かべた。


「ん? どした?」


「ううん。楽しいなぁって」


「これから、もっと楽しくしよ」


 ニュクスは、今日新しく自分が生まれたような気持になった。こぼれそうになる涙をごまかし、声を絞り出す。


「――うん。そうしよう」


◆◇◆◇◆◇


「決定! わたし達のユニット名は! 『ノマギア』でいきます!」


 No-Magia(魔力なし)を短縮した造語だが、意外としっくりくるな、とニュクスは思っていた。

 

「オッケーです。じゃ、決めていきましょうか『ノマギア』の初配信の内容を、ね」


 とは言ったものの、実際何をすればよいのか、普段動画や配信を見ないニュクスには全くぴんと来ない。


「わたしもそんなしっかり見てるわけじゃないからなぁ。月子さん、アドバイス欲しい」


「まぁ最初ですしね。――いいでしょう、わたくしが提案します。まぁファロス氏からも頼まれていますしね。プロデュースということで」


 そこで天乃月子は言葉を切り、ホワイトボードの前に行って文字を書きだした。


「初回は自己紹介をしっかり行って自分を伝えていくのが定番ですが……お二人の境遇を考えると、深堀りするとネガティブな印象を受けかねないと思うんですよね。――魔力がない、ということはどうしても不自由な印象を与えます。なので、、むしろそれを跳ね返す要素をすぐに見せたほうが良いと思います」


 天乃月子は魔力がない、という文字を丸で囲む。


「なるほどー」


「でも、何をしよう? 私たち、何ができるわけでもないよね……?」


「できるでしょう。あなたたちは、心を武器にして戦うことができる。――それは、他の人にはできないことです。ならばそれをコンテンツにしない理由はない。訓練にもなりますしね」


「え、じゃあ……戦うの?」


「……何と?」


 その時、バン! とドアが開き、笑みを浮かべたファロスが入ってきた。


「話は聞かせていただきました。――ちょうど、あなた達にぴったりの依頼があったんです。『魔封じのダンジョン調査』。どうです? まるで誂えたかのようでしょう?」


「……いや、準備してたでしょ、絶対」


「そのダンジョンも、ファロスさんが作ったんじゃないですか……?」


「おや、信用がない」


「まぁ言動を鑑みたら当然ですね。――ですが、これはわたくしからお願いして、探してきてもらったものなので、実際にある依頼ですよ。魔力が使えないということが危険すぎて、既存の冒険者ではどうしようもなかったらしいのですが、挑戦する気はありますか?」


 天乃月子はホワイトボードに『二人にしかできない冒険の達成!』と大きく書いた。


『やります!』


「いい返事です。では、これから詳細をご説明しましょう」

 

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