第13話:もしも世界が変えられるなら
「さて、事情はすでにファロスさんから聞いております」
サングラスとマスクを取った少女は、紛れもなく天乃月子だった。
「いつも事情を知ってますね」
「お得意様ですから」
にこりと笑みを浮かべる天乃月子はとてもかわいらしい。外見は十代後半の少女にしか見えないが、その雰囲気は大人びている。
「――あれ? 月子さん、何か前の時と雰囲気違くないです?」
アルマの言葉にニュクスは頷いた。確かに、戦場であった時は存在感が希薄な印象だったが、今は『そこにいる』という感覚がしっかりとある。
「あぁ。前回は魔力で作った肉体でしたが、今回は『自分の』身体だからですよ。ほら」
天乃月子はそう言いながらアルマとニュクスそれぞれの手を握る。彼女はちょうどアルマとニュクスの間くらいの身長だ。
「わ。ほんとだ。実体がある。あの……天乃月子さんって『Vtuber』なんですよね」
「そうですよ」
「と、いうことは……その肉体は、仮のもの、ということですか……?」
天乃月子は問いには答えずにっこりと笑う。実在しているのに、まるで美術品のような美しい笑み。アルマはそこで口を噤む。
「――さて、簡単に言うとお二人は『配信者として有名になりたい』のですよね? それはなぜですか?」
完全にアルマの言葉を無視し、天乃月子は続ける。
「は、はい……見てくれる人を増やして、それで集めた『心力』を使って――この魔族の外見を変化させたいんです。そして……学校へ通いたい」
「なるほど。ニュクスさんは、学校へ通うことが目的、と。アルマさんは?」
「え? うーん……わたしは……誰かの役に立ちたい、くらい、かなぁ。そもそもあの時戦おうと思ったのもそれが理由だし」
アルマがあの剣を手に取ったのは、魔力のない自身が役に立てるなら、という想いだったと言っていた。ニュクス自身にもその気持ちはあるが、それ以上に『当たり前』を手に入れたい、という方が今は強い。
「よくわかりました。ではもう一つ。――その目的の先には何がありますか?」
「目的の……先?」
「はい。あなた達二人の目指すものは、目の前にあります。そのずっと先、未来に向けて目指したい場所を教えてください。その先にあるものを理解することが――配信者にとって、大切なこと。人生にとって、大切なことなのです」
「未来……私の、未来……」
ニュクスは、一度も考えたことがなかった将来について思いを馳せる。――日々、生きることに精いっぱいで、明日のことすら曖昧で、明日死ぬかもしれなかった自分が、目指したいことは何なのか。
「ええ。急がなくてもよいですが、きっとそれが、配信者としての成功につながると思います」
ニュクスはアルマの方を見る。彼女は不安そうな、それでいて何がを堪えるような表情を浮かべていた。──きっと、自分もそうだろうと、ニュクスは思う。
「私……は、学校へ通えれば、それで……その先なんて……」
魔力を持たない魔族の自分には、それでも過ぎた願いだと。ニュクスはそう思い、目を伏せた。
「アルマさんも、同じですか?」
アルマは顔を伏せ、下を向きかけるが──勢いよく、顔を上げ、口を開いた。
「──わたしはっ!」
アルマは大きく息を吸う。
「わたしは、魔力がなくても、普通に暮らして、普通に友達ができて、普通に楽しいと思える。そんな自分になりたい! そして――そんな世の中を作りたい! それが私の夢! 目標!」
「……アルマ……」
――その眩しさに、目を逸らしそうになった。
ニュクスは知っている。自分が、造られた存在で、誰にも愛されず、捨てられたことを。当たり前の暮らしも、友も、楽しみも、何も持たなかったことを。――魔力を持たない魔族という、望まれない存在であったことを。
(――だから、私は、願ってはいけないんだ)
そうやって生きていた。でも、アルマとの出会いで、少しだけ視界が開けた。小さな夢を持つことができた。――それで、十分だと思っていた。でも。
(――アルマだって、辛くないわけはなかったのに)
アルマの家は裕福で、おそらく当たり前に優秀な子供を望まれていた。周りは普通に魔力を使った生活をしていて、日々他者との違いを突き付けられてきたはず。――もしかしたら、生まれたときから持たざる者だと知っていたより、少しずつそれを突き付けられていく方が、残酷かもしれない。
でも彼女は、いつも前を向いていた。恐れず、周りを巻き込みながら進んでいく。――辛いことも。苦しいことも、全部飲み込んで、それでも、折れない。
「……かっこいいね」
「……ニュクス?」
アルマが少し、頬を赤くしていた。
「天乃月子さん。私の夢は――外見を隠さなくても、学校へ行って、買い物をして、おいしいものを食べて、当たり前に暮らせるようになりたい。……この、魔族の身体で。それが、目標、です!」
ニュクスは、思わず叫んでいた。こんな大きな声を出したのは久しぶりだ。――でも、そのくらい、気持ちが昂っていた。
「二人とも、ありがとうございます。いいですね、最高です。やっぱり、若者はこうでないと。──まだ子供といっていいあなた達だから、できることがある。あなた達には、世界を変える力があります。わたくしはそれを、全力で応援しましょう!」
天乃月子はアルマとニュクスの手を取った。
「私がVtuberを目指したのも、同じくらいの頃でした。その時には、たくさんの大人が支えてくれました。だから、今度は、わたくしの番です。――さぁ、まずは人気配信者に、なってやろうじゃありませんか!」
◆◇◆◇◆◇
それから。三人で色々なことを話し合った。企画の内容、活動方針。ユニット名等色々と検討していく中、アルマからこんな意見が上がった。
「ニュクスの最終目標は『魔族』として認めてもらうことでしょ? なのに、人間の姿に変わって活動してくのって、微妙じゃない? 嘘つくことになるじゃん」
アルマの言うことは正しい。人間の姿で活動をしていて、実は魔族でした、なんてバラしたら、炎上するかもしれない。だが……。
「でも……魔族のままで、受け入れてくれる人って、少ないよ……ここの冒険者協会でもいい印象持ってる人は少なそうだったし……とりあえず人間の姿で、私を知ってもらう方がいいんじゃないかな」
「んー……そうかな。わたしもさ、最初はびっくりしたけど。ニュクスいい子だし。優しいし。全然気になんないよ」
「あ、ありがとう……でも、もしこれが、私たちだけに関わることだったら全然いいんだけどさ、もし私のせいで応援してくれる人が少なかったら、街を守ることもできなくなっちゃうよ。私たちの仕事は、この町の防衛でもあるんだから」
「んー、そこはまぁ、ピンチだったら助けてくれたりしないかなーって。――月子さんはどう思います?」
アルマの問いに天乃月子はしばし目を閉じ思考した後――目を大きく開いた。
「整いました」
「え? なんです?」
「解決策――になるかはわからないんですが、一つの案を出しますね」
そういうと天乃月子はホワイトボードに文字を書き始めた。
「まず、ニュクスさんは、自身を人間の姿――つまりVtuberとして活動したほうが良いのではないか、という意見。これは、視聴者の方が魔族を忌避するのではないか、という懸念からだと思います」
「は、はい。その通りです」
「続いてアルマさんは、今のままの姿で配信を行ったほうが、視聴者に嘘をつくことなく、誠実な対応をすることができる。これは、ニュクスさんの目指す『魔族』として認めてもらう、を目指すときにその方が良いのでは、という想いからだと思います」
「うん、そうそう。あと、わたし嘘つけないからさー。なんかバレちゃいそうだし」
「お二人の意見は相反していて、双方理があります。そこで、わたくしが第三の案を出しましょう。それは――Vtuberとして、魔族の姿で活動する、です!」
『…………はぁ?』
ニュクスとアルマの疑問の声が唱和すると同時、天乃月子はホワイトボードに『魔族系Vtuber!』と書き殴った。
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