第12話:もしも人間になれたなら
「……ごちそうさまでした」
ファロスはニュクスとルキナから事情を聴き終えると同時にそう告げた。
「……副長、情報を食べてるんですか」
「蕎麦ですよ。――まぁどちらもしっかりと咀嚼させていただきました。さて、まず整理させていただきますと」
コーヒーを一口飲んだ後、ファロスは口を開く。
「まず、ニュクスさんは、学校に通いたい。できればアルマさんと一緒に」
「……はい、その通りです」
「そのために、その魔族の外見を変えたいと」
「はい。もちろんお金の面とかもあるけど、何より……この見た目だと、入学は難しいんじゃないかなと」
ニュクスの外見は魔族だ。青い肌と、頭の両側にある大きな角。本来角の中には魔力が蓄積されるが、彼女の場合魔力を持たないので特に意味はなさない。
「そうですね……アルマさんの通う学校は、歴史が長く規律が厳しい学校であることは事実です。が、むしろ生徒の多様性を尊重する校風ではあります」
「え? そうなんですか?」
ルキナの問いにファロスは頷く。
「はい。魔力を持たないアルマさんが普通に通えていることがその証明です。魔力を持たない人がいると、色々カリキュラムや指導内容にも変更が必要なはずですからね」
「へぇー。じゃあそんなに、入学は厳しくなさそうですかね? 魔族でも」
「実際生徒の中には色々な種族がいますからね。ただ……それはあくまで規定上のことで、通う生徒、保護者等の心象を考えると、簡単ではないと思います。魔族に対する偏見や差別はまだまだ根強い」
ニュクスは今までの暮らしを思い出す。魔族の外見をしているというだけで、入店を断られたり遠巻きにされることは日常茶飯事だった。まして学校となればもっと反応は過激だろう。
「……やっぱり、見た目を変えないと……ってことですよね」
「急ぐのであれば、その方が確実ですね。――そして、次に、外見を変えるにはどうしたらよいか、を考えていたということですね」
「はい。……魔術で外見を変化させる方法があると聞いたんですが、私には魔力がないので」
ニュクスの言葉にセオドアが答える。
「魔道具で認識を阻害して見た目を変化させるようなものはあるけど……魔力の消費も大きいからバッテリーの準備が大変し、感知能力が高い人にはバレそうだ」
「幻術系は見破られる可能性があるので、魔力による肉体変化が望ましいですが、魔力消費と難易度を考えると現実的ではない――のが普通なのですが」
「ですが?」
「ニュクスさん。貴女は幸運です。それを解決する手段がこの世界には既に生み出されている。――それが『Vtuber』」
「…………え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……へぇー、ニュクス、Vtuberになるの?」
学校を終えたアルマと合流し、ニュクスはこれまでの経緯を冒険者協会の食堂で説明していた。
「うん……学校へ行きたかったら、その技術で別の肉体になって、それで通ったほうが良いだろうって結論」
ファロス曰く、『Vtuber』の肉体の作り方には二つあって、一つが戦場に現れた『天乃月子』のように、魔力で作った『もう一人の自分』を遠隔で操作する方法。もう一つは、自分の肉体を魔術で変化させ『もう一人の自分』になる方法。今回の場合、後者の応用が可能なのでは、ということだった。
「なるほど……あ、でもニュクスは前の配信で魔族の姿を見せちゃってるじゃん。今から変えて意味あるのかな?」
前回の戦闘の配信時、ニュクスは自らの出自や正体を隠していない。もし『Vtuber』になるにせよ、既に魔族としての姿ばれているのであれば意味がないのではないか、ということだろう。
「ファロスさんに聞いたんだけど、あの配信って、一般の人には見せてないんだって。機密情報? も多いし、ショッキングな映像が流れる可能性もあるから、一定以上のランクの冒険者に絞ってたみたい。だから、彼ら向けに情報統制をした上で、別の身体になれば大丈夫じゃないか、って」
冒険者には業務の関係上、様々な機密情報が渡されるが、その漏洩は資格のはく奪など様々な影響が生じる。リスクを冒してまでニュクスの正体を暴露するメリットは基本的にない。
「なるほどねー。でも……ニュクス、魔力がないじゃん。どうすんの?」
アルマもそうだが、彼女たちには魔力がない。Vtuberとしての肉体変化に使用する魔力が、彼女たちには存在しないのだ。しかも肉体変化の魔術は魔力消費が非常に高く、普通の人間ではまず維持ができない。
「えーっと……正直説明はよくわからなかったんだけど、魔力の代わりに『心力』を使って肉体を変化させられる仕組みを準備してくれるらしくて」
「……すごいな『心力』って。なんでもできちゃうんだ」
「色々説明してくれたけど、……正直全然わからなかった。ルキナさんやセオドアさんは理解してたみたいなんだけど」
ファロスが一応理屈を説明していたのだが、ニュクスの知識では、アルマに情報を伝えられるほどの理解には至らなかったのだ。
「なるほどねぇ。ま、でもそれを学ぶのが『学校』だから。……一緒に、通えるといいね」
アルマはにこりと笑う。
「うん。……でも、そのために私は『心力』をみんなから貰えるようにならないといけない」
「あ、そっか。自分の『心力』だけじゃ、Vtuberの肉体が維持できないのか」
肉体変化の魔術は魔力消費が多い。それは『心力』でも同様だ。配信くらいならともかく、学校へ通うとなれば長時間変化した状態を維持できるだけの『心力』が必要になる。
「そう。だから、みんなに応援してもらえるように、人気配信者にならなくちゃいけない。……ちゃんと、何をしたいか伝えたうえで」
「そうだね。わたしたちを応援してくれる人を、増やさなきゃ」
「うん、頑張る」
「頑張ろ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者協会にある『関係者以外立ち入り禁止』の札がかけられた会議室。アルマとニュクスはその中で視聴者を増やすための方法について話し合っていた。
食堂でうんうん唸っている二人を見かねたのか、通りすがりのファロスがここを貸してくれたのだ。その上コーヒーと茶菓子も出してもらっている。ホワイトボードもあって環境は非常に整っていた。だが。
「うーん。……何したらたくさん見てもらえるかなぁ」
ニュクスはほとんど動画サイトを見たことがないので、ほとんどアルマに任せきりになっていたが、彼女も別に配信に詳しいわけではない。定番の、歌や雑談、それに戦闘、ダンジョン探検等案は上がるものの、いまいちぴんと来ていなかった。
「わたし、特技とかなんもないからなぁ……」
「私も……他の人よりできることは何もない」
むしろ、魔力を持たず、他の人より劣ることが多いくらいだ。自信をもって披露できることなんて、何もない。
二人がため息とともに天を仰いだその時、会議室のドアがバーン! と開かれた。
「誰!?」
現れたのは、スポーティなパーカーに身を包み、サングラスとマスクを着用した長い黒髪の不審者。
「……え、本当に誰……?」
「――はい、異世界からこんにちは! 天乃月子です。お二人にアドバイスするべく、やってきましたよ」
サングラスとマスクを外し、この世界におけるVtuberの始祖はニコリと笑った。
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