少女たちは夢を描いた

第11話:もしも願いが叶うなら

「……はっ」


 ニュクスは差し込む太陽の光で目覚めた。ぼんやりとあたりを見渡すと、大きなベッドと、隣で眠るアルマの姿。――そうだ、アルマの部屋に泊まってるんだ、と思い出す。


「……都合のいい、夢みたい」


 ニュクスはアルマを起こさないようにベッドから降り、部屋の窓から外を眺める。


「いい天気」


 アルマの家は高台にあり、景色が良い。これまでニュクスが暮らしていた狭く汚い家とは全く違う。


 薄暗い部屋の中を改めて見渡した。二人で暮らすには少々狭い、色々なものが溢れる部屋。大きなベッド、机、ぬいぐるみ。並んでいる品々を見るだけで、アルマが愛されていることがわかる。


「……だから、こんなにいい子に育ったんだね」


 アルマは魔力がない。この世界においてそれは、五感の一つがないようなものだ。すさまじい劣等感や、疎外感、無力感に襲われていたはず。――それなのに、これだけ明るく、前向きで、人のために行動できる少女に育ったのは、両親がきちんと彼女を尊重してきたからに他ならない。


 ニュクスには家族がいない。彼女は『魔力が多い人間を生み出す』という非人道的な実験の結果生まれた存在だ。しかも、魔族と人間の掛け合わせという特殊事例。だから、家族がいる、という状況が良く理解できない。施設で訓練を受け、十五歳で身分証とお金と共に放り出され、魔族の外見を持ちながら魔力がなく、顔を隠しながら路地裏にある小さな家で暮らしていた。家族どころか、友人もいない。――ずっと、一人だった。


「アルマ、私はあなたに救われているよ」


 今ニュクスはアルマの家に居候している。冒険者協会からは冒険者用の寮も紹介されたが、アルマが自宅に住めと連れて来てくれたのだ。魔族であるニュクスはどうしても他人から奇異の目で見られることが多いため、アルマの家で暮らせることはとても助かっていた。それに――友人として、家族として、アルマはニュクスを扱ってくれている。それは彼女にとって得難いことだった。


「――私は、何があってもあなたを守る」


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ニュクスは今日どーすんの?」


 アルマが朝食を摂りながらニュクスに問う。彼女はこれから学校なので学生服を着ていた。一応、厳戒態勢は解かれたため、普通に学校へと通っている。


「私は冒険者協会に呼ばれてるの。色々手続きとかあるみたい」


「へえー。わたしも学校終ったら呼ばれてるから、あとで合流できるね。……学校めんどくさいけど、頑張るかぁ」


「そんなこと言わないの。うん、待ってる」


 アルマはニコニコと笑いながら言う。ニュクスもつられて口元が緩んだ。食卓には彼女たちの他、アルマの両親も同席していた。忙しくてなかなか夕食を一緒に摂れないので、朝食はみんなで食べることにしているらしい。


「さて、私たちはそろそろ行こう。多分遅くなるだろうから、夕食は二人で食べていてくれ。――ニュクスさん、アルマをよろしく」


 ニュクスも初めはこの同居生活に緊張していたが、アルマの両親はとても穏やかな人で、彼女も随分と慣れてきていた。


「はい、もちろん」


「よろしくって何さー」


「アルマは危なっかしいからね。あとちゃんと学校には行きなさい。勉強の仕方を学ぶことは大事だよ」


「はーい、わかってますよー」


 アルマの両親を見送ったのち、ニュクス達も出発の準備を整えた。


「じゃ、わたしも行ってくるねー。またあとで」


「うん、あとでね」


 ニュクスは、学校への道を進んでいくアルマを見送る。制服を着て、おそらくクラスメイトとあいさつを交わす彼女の姿は、自身との隔絶を感じさせた。


「――いいなぁ」


 誰もいないから、漏れた言葉。太陽の下、同じ制服の友人たちと笑いあうアルマ。対して、フードで顔を隠し、こそこそと人目を避けるニュクス。


「……私も行こう」


 ニュクスは、アルマの背から目を外し、反対側へ向けて歩き出した。


◆◇◆◇◆◇


「はい、これで書類はとりあえずオッケー。あとはこの辺の冊子、読んどいてね、わからないところあったら説明するから」


「はい、ありがとうございます」


 冒険者協会の一室で、ルキナがニュクスの書類をチェックしていた。冒険者資格にに関するたくさんの書物が机に積み上げられている。


「さて、これでニュクスちゃんは冒険者ね。カードはあとで渡すけど……。それがあれば身分も証明されるし、依頼を受けて働くことができる。とりあえずあの機械人形たちが来たら緊急招集はするけど、それ以外は自由。……なにか、したいこと、ある?」


 ニュクスはしばし考えた。お金を稼いできちんと暮らせるようにはなりたい。それは最低限。――でも、自分のやりたいことは、それだけだろうか?


 脳裏によぎったのは、先ほどのアルマの後ろ姿。ニュクスには届かない『日常』の風景。


「――私は…………学校に行ってみたい。できれば、アルマと一緒に」


 口に出すつもりはなかった。その言葉が漏れ出て、驚いたのは誰よりニュクス自身だ。思わず口元を抑える。


 ルキナさんはニュクスの方を少し驚いたように見ると、にこりと笑って、立ち上がり、ニュクスの頭を撫でた。


「いいじゃん。目指そう。最高の目標だね」


「……で、でも私魔族だし……」


 人間と魔族の争いは終わり、友好関係ということにはなっているものの一定の差別はどうしてもある。ましてニュクスの見た目は青肌に角と明らかに異形だ。まともに受け入れてもらうのは難しいだろう。


「あー……アルマちゃん、通ってるの結構いい学校だもんね。別に異種族厳禁とかではないはずだけど、色々言われる可能性はあるか」


「……ですよね」


「ん。でも別に無理ではないし。あきらめる前に考えてからにしよ! というわけでニュクスちゃん今日は私とランチね。学校に通く作戦会議しようねー」


 ルキナに半ば引きずられながら、ニュクスは冒険者協会の食堂に辿り着いた。ここは冒険者であれば格安で食事が取れ栄養バランスも味もいいと人気とのことだ。


「んー、でも実際悩ましいね。ここ――冒険者協会なんかはいろんな種族の人が当たり前にいるし、魔族に対する正しい知識もあるはずだけど、それでもチラチラ見られてる感じはあるし」


 さすがに室内で食事時なので、ニュクスはフードを外している。さすがにじろじろ見られたりはしないが、視線が向けられたり、遠巻きにされている雰囲気は感じ取れた。


「実際、外ではもっとひどいので……この姿で普通に学校に通うのは難しそうですね」


 ニュクスは自身の手のひらを見た後、頭部に生えている角に触れた。リザードマン、バードマンのような明らかに人間と異なる亜人は存在するのだが、魔族は敵対していたというイメージに加えて、基本のフォルムが人間であるからこそ、その差異が強調されてしまうのかもしれない。


「特殊なお化粧で肌の色を隠すとかはまぁできなくはないけど……角はなぁ。あとは幻影系の魔術とか……」


「……私、魔力がないので」


「だよね。魔道具とかで外付けのバッテリーとか使っても難しいかな。んー、でも費用とか手間考えるとあんま現実的じゃないか……結構見た目を変化させるタイプの術は魔力消費も高いし」


 ルキナはサンドイッチを片手に色々とノートにメモをしていた。ニュクスにとっては、これだけ親身になってくれるだけでとてもうれしいことではあるのだが。


「――いっそ、この角を切り落としてしまえば」


 肌の色だけだったら、誤魔化せるかもしれない。魔族の角は、本来魔力が蓄積されているはずだが、ニュクス自身にはないわけで、器官としては不要なものだ。


「いや……さすがにそれは」


「でも。魔術も使えない私にはそれしか――」


 ニュクスが自暴自棄になりかけていると、突然声がを掛けられた。


「――目的のために外見を変えることは悪いことではありませんが、不可逆です。もう少し考えてからでも、良いのではありませんか?」


 蕎麦を乗せたお盆を手に、ルキナの隣の席に座ったのはファロスだった。遅れて、セオドアも現れる。


「え、あの……」


「せっかくですし、貴女が何に悩んでいるかを教えてください。一応あなた達よりは長く生きていますからね、良いアドバイスができるかもしれない」


 ファロスは箸を二つに割りながら、まじめな顔でニュクスにそう告げた。



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