第10話:あの日この手を取ったから

「……終わっ、た?」


 アルマは、手にしていた『グラム』をガシャン、と落とした。


 『心力しんりょく』は視聴者から集めたものだが、それを刃と成したのはアルマの肉体だ。消耗はなくとも疲労はしている。


「……アルマ。お疲れ。うん、多分終わった……かな?」


 ふらつきながらも近づいてきたニュクスが、アルマの肩を支える。その瞬間――。


「まだだ……」


 ノイズ交じりの声が響く。這いずるように、吹き飛ばされたエクスがアルマ達の元へにじり寄っていた。――とはいえ、全身はボロボロで、頭部は破損し、片目はなく、左手も肘から先が欠損している。下半身に至っては、足がちぎれ飛んでいた。人間ならば死んでいるような損傷。それでも、彼は動いていた。


「……エクス……」


「お前たちを、生かして返すわけにはいかない……このまま、自爆して、貴様らもろとも吹き飛ばしてやる……」


「やらせるもんか……!」


 アルマは再び光の刃を生み出し、彼女たちに向けて這いずるエクスに振り下ろそうとした。だが――。


「……っ!」


 手が、止まる。


 わかっている。彼は、人ではない。機械の人形で、命すら持たない。……でも、話してみてわかる。彼には意思がある。自我がある。多分……心がある。


 心臓はないのかもしれない。欠損部分から見えるのは、血液とは違う液体と、人とは異なる体内構造。――だが。


「……アルマ」


 ニュクスの言葉に、背筋が跳ねる。


「わかってる。あいつを倒さないと、わたしたちがやられる。あいつは機械で、生き物ですらない。だから、今躊躇う理由なんてない。ない、んだけど……でも、多分、あいつなりに、心を持って、行動している。人間じゃなくても、生きてる、んだと、思う」


 分類はこの際どうでもよい。命の定義も関係ない。大事なのは、心を持つ存在を、アルマは手にかけようとしていること。――未来を、奪おうとしているということ。


「……あなたは、ただの学生だもんね。大丈夫。私は、こういうことのために創られたから……大丈夫。できる」


 ニュクスは『アルテミス』を構えた。おそらく、頭を破壊すればエクスは止まるだろう。そして、彼女の弓のほうが、簡単にそれを達成できるはずだ。――アルマが悩む必要はない。できるというのなら、彼女に任せればいい。


 ニュクスが、矢を放とうとした、その時。


「その覚悟は、今度に取っておいてくれ」


 アルマたちの後方から発砲音が響き――次の瞬間、エクスの破損した頭部に銃弾が吸い込まれた。


「――き、さま……」


「さすがに破損部位なら装甲はないか。よかったよ、この程度の銃でも通用して」


 エクスに向けて銃弾を放ったのは、後方から駆け付けたセオドアだった。機械人形が完全に沈黙したことを確認すると、アルマとニュクスに近づいてくる。


「セオドアさん。あの……」


「……命を奪うことは、その命を背負うってことだから。戦う決意はしたけれど、殺す覚悟はしてないだろう? 今回君たちは巻き込まれた側だ。今日は、僕が背負うよ。もし、戦いの場に身を置き続けるならその時は――」


「――はい、その時までに、覚悟はしておきます」


「うん。……まぁとりあえず今は、お疲れ様。君たちのおかげで、助かったよ」


 先ほどまで、厳しい顔をしていたセオドアが、微笑む。その表情を見て、ようやく戦いが終わったことを理解し、アルマはその場にへたり込んだ。ニュクスも同じだ。


「お疲れさまでしたー! いや、お二人とも良い戦いっぷりでしたね。さて。お疲れのところ申し訳ないのですが、配信を締めたいと思いますので、最後にコメントをいただいてもよろしいでしょうか? 応援してくれた、リスナーの皆さんに向けて一言。では、アルマさんから!」


 雰囲気をぶち壊すように天乃月子が浮遊するカメラと共にこちらへと駆けてきた。カメラを向けられ、アルマは少し焦る。


「え、あ、あのー……。みなさんのおかげで、勝てました。わたしを応援してくれて、ありがとう」


 笑みを浮かべたつもりではあるが、きっとぎこちなかっただろうな、とアルマは自覚する。


「では次に、ニュクスさん!」


「……魔族で、何もできなかった私でも、あんなにたくさんの声を届けてくれて、本当にうれしかった。ありがとう、みんな」


 ニュクスの笑みは、本当に自然で、心からの感情がこもっているように見えた。――きっと、彼女があんな風に、他人に応援されたことはなかったのだろう。感謝を述べる彼女の姿は、とてもかわいらしく、美しかった。種族なんて、関係ないと思わせてくれるくらいには。


「お二人とも、ありがとうございました! このチャンネルの今後については、また後日SNSでお知らせしますね! 概要欄にリンクが張ってありますので、ぜひぜひフォローお願いします! ――さて、色々ありましたが、この後も忙しいと思いますのでね、この配信は、ここで終わりたいと思います」


 天乃月子は、アルマとニュクスの横に立ち、三人がカメラに映るよう位置を調整した。


「――ではでは、異世界からさようなら。本日の配信は、アルマさん、ニュクスさんのお二人と、わたくし、天乃月子がお送りいたしました。またお会いしましょう! さよならー」


 天乃月子が手を振る様子に合わせ、アルマとニュクスもカメラに向かって手を振った。そして――配信が終了する。彼女はアルマ達の方を向き、微笑んだ。


「さて……改めてお疲れ様でした! 本当だったら少しお話とかしたいところではありますが、お疲れでしょうし、色々ばたばたすると思うので、わたくしは一旦失礼させていただきます! また今度ゆっくりお会いしましょうね、ではではー」


 登場した時と同じように光に包まれ、天乃月子は嵐のように消え去った。――本当に、バーチャルの存在なんだなぁ。とアルマは感心しつつも。


「……SNSって、何?」


 覚えのない動画配信チャンネルに加えて、SNSまで開設されているらしい。……なんというか、大事になってきた。


「とりあえず、詳しい事情は後日話すよ。……僕も、詳細は全然聞いてないんだけどね。たぶんファロスさんだろうな。まぁとりあえず、今日は帰ろう。家まで送るよ」


「はい……さすがに疲れましたー」


「うん……ゆっくり休みたい」


「お風呂いれなきゃねー。汚れたし、疲れもとらないと」


「お風呂……あんまり好きじゃない」


「ダメだよ。髪長いんだからちゃんと手入れしないと。洗ったげるから一緒に入ろ」


 ――アルマは思う。あの日、ニュクスの手を取ったことで、人生は大きく変わった。あれは自分にとって、奇跡のような選択だったんだと。


 あの時とは全く違う気持ちで、アルマはニュクスの手を取った。彼女は助けられたなんて言っていたけど、そんなことはない。


「助けてもらったのは、わたしだよ」


 そう呟いて、アルマは家路につく。夕焼けに照らされる、自分たちが守った街を眺めながら。

 



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ここまでで一章完となります。

お読みいただいた皆様本当にありがとうございました。


とある作品のED映像を見て

『絶対こうはならんから理想のストーリーを描いておかないと心が死ぬ』

と書き始めた作品でした。予想通りでしたね。


彼女たちの物語は始まったばかりで、

まだしばらくは続きを書くつもりですが

少々お待たせすることになると思います。


もし面白いと思っていただけら、

いいねや★など貰えると、書くモチベーションが上がるので

よろしくお願いします。


ではしばしの間お待ちください。


2025/05/21 里予木一

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