第9話:もしもあのとき皆の応援がなければ
「やあああああああー!!!!」
ニュクスが叫びをあげて矢を上空へ放つ。周囲から押し寄せる数百の機械兵士。通常であれば矢の一本程度で戦況は変わらないが……。
「おっと、これが『心核礼装』の力ってことですね。空に放たれた光の矢が、空中で分かれて――敵兵に降り注ぎました! すごい! 全滅です!」
天乃月子は解説役に回るようだ。動画の視聴者にとっては助かるのだろうが、アルマ達からすると若干気になる。
アルマは矢が降り注いだ直後、戦場を駆ける。目標は銃を持つ戦闘兵。銃弾が放たれるが、そのすべてを余裕をもって回避する。身体能力は先ほどとは比べ物にならないほどに向上していた。
「はああああああああー!!!!!」
アルマは跳躍し、銃兵を両断する。先ほどとは比べ物にならない威力だ。
「さぁ、アルマさんも強敵を両断! 二人とも絶好調! このまま敵を打倒できるのかー!?」
「あの天乃さん、緊張が削がれるんですが……」
遠くから聞こえるセオドアの突っ込みにアルマは内心大きく頷く。しかし、それに同調している暇はない。アルマは機械兵士たちの奥に浮かんでいる、機械人形――エクスに向かって駆ける。
「ちっ。調子に乗るなよ!」
エクスは呟くと指を鳴らす。直後、巨大な戦闘兵三体がアルマの前方に現れた。何らかの方法で姿を隠していたらしい。それぞれ、剣、槍、銃を構えている。
「そんなので……止められると思うなあああああ!!!」
アルマが三体に向けて加速すると、その背後からすさまじい速度で光の矢が彼女を追い抜き――そのまま銃を持つ兵士の頭部を貫通した。ニュクスの援護らしい。かなり距離があるはずなのに、恐ろしく正確かつ強力な射撃だ。
「ニュクス! ありがと!」
振り向かずにお礼を言って、アルマは残りの二体へと走る。遅い。武器を構える挙動、振るう動作、その判断、何もかも遅い。
「じゃまっ!」
槍兵は手に持った槍ごと左右に両断した。剣兵は受けようとした剣ごと脳天から真っ二つにした。エクスはもう目の前だ。
「小癪な……!」
エクスはアルマを睨みつけると、空高く舞い上がった。よく見ると背中に推進装置を付けているらしい。そして――どこからか取り出した巨大な銃を、空中からアルマに向け、構える。
「空からなんてずるいぞー!!!!」
アルマの叫びに答えるように、空中から放たれる光線。彼女はそれを紙一重で躱す。
「おっと、敵のビーム攻撃です! 遠距離からの攻撃に、アルマさんは成すすべがありません!」
天乃月子の解説が挟まれた。だが彼女の言う通り、アルマには空中へ攻撃する手段がない。だが――。
「大丈夫、私がいる。アルマ、少し待ってて」
いつの間にか、ニュクスがアルマのそばに来ていた。間髪入れず、弓を空中へと向ける。彼女に付き従うように、カメラが浮遊していた。
「ニュクス!」
ニュクスの体が青白く輝きだす。
「私は、出来損ないの魔族で、魔力もなくて、何にもうまくできないし、家族も、友達もいない。――でも、そんな私をアルマは助けてくれた。だから、今度は私があなたを助ける番! 今、この戦いを見ているみんな! こんな私だけど、みんなを守るから。できる限り、頑張るから。だから――どうか、力を貸して!」
色とりどりの文字が、ニュクスの周りに踊る。励まし、応援、賞賛、声援。それが――彼女を包み込む。そして。
「みんな! ありがとう! 私は、負けない!」
ニュクスを包む青白い光が、色とりどりの文字と溶け合って、虹色に輝く。同時に『アルテミス』がその輝きを受け、変形した。弓ではなく、もはや砲のようだ。
「魔族の小娘が! くたばれ!」
エクスが空中から光線をニュクスに向け放つ。それを吹き散らすように――。
「『アルテミス』――発射!!!」
虹色の光が、空へと向かって行く。光線を吹き散らし、まるで虹のように空を彩った。そして――虹はエクスへと届く。
「ぐっ…………!」
うめき声と共にエクスが落下する。動けはするようだが推進装置や武器は破損したらしい。立ち上がり、ゆっくりとアルマ達のもとに歩いてくる。
「まだやるの?」
エクスは見た目よりだいぶ頑丈らしく、致命的な欠損はしていないようだ。だがさすがにダメージは大きいらしく、動きがぎこちない。
「アルマ、そして……ニュクス、だったか。お前たちは危険だ。――この場で、排除する」
エクスは近くに置かれていた武器──巨大な機械式の剣を手に取った。おそらく、地上戦用にあらかじめ準備しておいたのだろう。かなりの重量に見えたが、易々と持ち上げる。
「そう。──でも、わたしも負けるわけにはいかないんだ」
アルマは『グラム』を構えた。青白い光が、剣を包む。
「──いくぞ!」
エクスが機械剣を上段に振りかぶり、アルマに叩きつける。機械剣からはなんらかのエネルギーによる赤く光る刃が生成されていた。アルマは『グラム』で受け止めるが、じりじりと押されていく。
見た目が人と変わらないので、エクスの力はそこまで強くないだろうとアルマは侮っていたのだが、戦闘兵を上回る腕力だ。機構から機械兵士たちとは違うらしい。
「くっ…………」
赤い刃とがっちりかみ合い、『グラム』の青白い刃が相殺されていく。かなり強力な兵器だ。このままだと、押し負ける――!
「わたしは!」
アルマは叫ぶ。ここにはいない、でも彼女を見守ってくれている人々に向けて。
「忙しくてなかなか家にはいないけど、優しいお父さんとお母さんがいて、欲しいものは大体手に入って! 体も健康で! ――でも、魔力がなくて」
剣に、心を込める。思いを込める。
「それがとても辛くて、でも、そんな風に生まれたことを後悔したくはなくて!」
涙が出そうになった。幼いころ、背を追うことしかできなくなった友人たちを思い出す。――仲間ではなくなった、あの時を。
「だから! 今こうして、戦えているのは! みんなを守れていることは! ――世界の役に立てていることは……何よりも、嬉しいんだ。――やっと、仲間になれた気がして。世界の一部に、なれた気がして」
剣から放たれる光が、少しずつ強くなる。でも、まだ足りない。赤い刃を押し返すには、今のアルマの力では、足りないのだ。
「でも、私はまだ未熟で。まだ、みんなの仲間になるには足りないから。守るには足りないから。だから―――みんな、良かったら、力を貸して! わたしをみんなの、仲間にして!」
アルマは、刃を受け止めながら、近くに浮遊するカメラを見る。知らず、涙がこぼれていた。――不安と、恐怖がよぎる。過去、いつの間にかいなくなってしまった友人たちを思い出す。
――その瞬間、キラキラと色とりどりにと輝く無限の文字が、アルマの視界を埋め尽くす。数が多すぎて、もはや意味は読み取れない。でも意思は、思いは、心は、彼女に流れ込んでくる。顔も、名前も、性別すらも知らない人からの応援が、力となって、彼女に届く。
「みんな……ありがとう! 勝つよ!」
グラムの刃から、光が溢れだす。それはまるで虹のように。七色の輝く光が刃となって、エクスの剣を押し返す。
「さっきから、なんだそれは……! 外付けのエネルギーだと!? 魔力でもないその力をいったいどこから引き出している……!」
エクスの呻くような声に、アルマは笑う。
「――あなたが蔑んでいた、みんなの想い! 心だよ! 人からしか生まれない、でも、誰でも持っている力だ! 魔力なんて、なくても!」
『心力』。心を力に変えたもの。それは、他のエネルギーのように貯めたり作ったりできるものではない。この世で唯一、人間だけが生み出すことができる、奇跡の力。
「その力を借りて、わたしは! あなたを倒す!」
『グラム』を大きく掲げる。天高く上る虹色の光は、まるで雲を一刀両断するかのようで。
「おりゃああああああああー!!!!!!!!」
振り下ろされる虹の柱。エクスはその光に飲み込まれ、吹き飛ばされた。
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