第8話:もしもあのとき諦めていたら

 状況は絶望的だ。敵に囲まれて、アルマもニュクスもほぼ燃料切れ。相手のボスは無傷で、敵戦力はまだまだ健在。詰んでいる、と言ってもよい。


「アルマ、ニュクス。とりあえず、僕らでどうにかして君たちを離脱させる。あとのことはファロス副長の判断に委ねてくれ」


 セオドアは、懐に隠し持っていたらしい銃を手にしていた。


「セオドアさん……死ぬ気?」


 アルマの問いに、セオドアは困ったように笑う。


「死ぬ気はないけど、いつも使ってる武器もないからね。厳しい状況ではある。――でも、君達が失われてしまえば、この街は占領され、下手をするとこの世界が滅びかねない。それだけは、防がないと」


「それは……だめ。そしたら、わたしはわたしを許せない。だから、なんとしても生きてほしい。……ここにいる、みんなも」


 アルマの言葉に、ニュクスも深く頷く。


「言いたいことはわかるけど――おや?」


 セオドアの肩にある通信機が鳴り響く。


『セオドア君。まだ生きてますね? いや、なかなか状況は厳しそうだ』


「ファロス副長! ええ。全員生存はしていますがアルマ、ニュクス両名の『心力しんりょく』が枯渇寸前で」


『状況は理解しました。ご心配なさらず。この状況も予想の範囲内です。世界との交渉、システムの書き換え、そして――出演者も到着しました。さぁ、逆転劇を始めましょうか。邪魔が入らないよう、外野は入れないようにしておきますね』


 ファロスの言葉の直後、アルマ達を囲むように光の壁が構築され、その中央に光が照射された。――まるで、スポットライトみたいだと、アルマは驚く。その光の中心から、一人の人物が突然現れた。


「はい! 異世界からこんにちは! 天乃月子てんのつきこです! 今日はとある場所でのコラボ配信に参加させていただくことになりました。いえーい。みんな見ってるー?」


 光の中から現れたのは異世界出身のVtuberだった。突然のことにアルマは一瞬呆然とした後。


「ええええええええー!!!! 月子さんだ! なんで!?」


 思わず大声を上げた。戦場の深刻な雰囲気が一変する。さすがはトップ配信者。


「あ、あぶないよ、ここ、戦場だし」


 ニュクスの言葉に、月子さんはニコニコと笑う。


「ご心配感謝いたします。でも、この体は魔力で作られた仮想のものなのでね。何かあっても大丈夫なんですよ」


 アルマは改めて『月子さん』の様子を見た。言われてみれば確かに、気配が薄いように思えるし、見た目や表情に少し違和感がある


「で、あの、さっき、コラボ配信、って言ってたんですけど……」

 

「そう、そうなんです。状況は把握してますか? ほう。何も聞いていない、と。はい、では配信をご覧の皆様にも、状況を改めてご説明しますね!」


「いや、配信って……この状況、中継されているのか?」


 セオドアの問いに答えるかのように浮遊するカメラが三機、アルマ達を取り囲むように現れた。


「はい、そうなんですよ、A級冒険者のセオドアさん! あ、ちなみに撮影許可は上長のファロスさんから出ていますのでご了承ください。で、話を戻しますが、今回の戦いにおいて、アルマさんとニュクスさん、お二人の『心力』が足りなくなっているというお便りをいただいておりまして!」


「お、お便り?」


「表現はね、一旦スルーしていただいて。とにかく、ピンチだということなんですが、魔力と違って『心力』は外部から補填をする方法が確立されていません。さて困りました。このままだとお二人は敗北し、この街は悪い機械人形に占領されてしまいます」


「うん。困ってる……」


「しかし、こんなこともあろうかと、冒険者協会のファロス氏が奇策を考えていました。それが――『Magic Words』の応用。魔力の代わりに『心力』を視聴者から集めることができるのではないか、というものでした」


「魔力の代わりに、『心力』を集める? ……そんなこと、できるの?」


「ええ、『Magic Words』の生産者たるわたくしにファロス氏は相談を持ち掛けてきたのですが――正直よくわかりませんでした。そもそも『心力』ってなんだよと。そんなもん知らないよ、と突っぱねたんですが、よくわからない専門用語の羅列と粘り強い交渉を受け――とりあえず『世界』に魔法の機能追加を相談してみることにしました。」


「魔法って、そういうもの、なの……?」


 ニュクスの言葉はアルマ達全員の心の代弁だった。


「魔法にもいろいろあるんですがね、基本的に魔法って、世界が特別に設定した『特殊ルール』なんですよね。なので世界との交渉さえできれば一応調整はできるかなーということで、やってみました。『世界』には一応人格があって、じつはわたくしのチャンネルをたまに見に来てくれるファンだったりしますのでね。その辺はコネを最大限に利用させていただいて。ええ、何せ世界の危機ですから」


「どこまで本気なんだ……?」


 呆れたようなセオドアの言葉。


「まぁ詳細は省きます。知りたい方はこの後『天乃月子チャンネル』のメンバー限定で公開される動画をご覧ください。……で、結論、特定のチャンネルでのみ、魔力の代わりに『心力』を視聴者から集めることができる。という追加機能が実装されました。いえーい」


「い、いえーい」


 ニュクスはもうついていけていないようだ。


「――というわけで、このコラボ配信です。実はこの枠、わたくしのチャンネルではないんですね。なんと、この度開設された、アルマさんとニュクスさんの共同チャンネルで、開催させていただいておりますー。チャンネル登録と高評価、お願いしますね」


「え? え? え? わたしたちのチャンネル? ちょ、ちょっと理解が……」


 アルマは疲労も相まって完全に混乱状態である。幻覚ではないかとさえ思い始めた。


「大丈夫、ちゃんと親御さんの許可はとってあります。ニュクスさんは……ちょっと保護者の方がいらっしゃらなかったので、ファロス氏が代理で許可してもらいました。文句があればあのおじさんまで、お願いしまーす」


「私とアルマのチャンネル……? よくわからないけど、いま私たちは何をすれば?」


「実は、これまでの戦いの様子がすでに配信されていたんです。引きの映像でしたが、あなた方の頑張りはすでにリスナーさんには届いているんですよ。あとは最後の一押し。では、これから機能をオンにします。お二人はリスナーさんに協力を呼びかけてください。――では、どうぞ!」


 天乃月子氏の言葉に合わせ、カメラがアルマの方を向いた。――よくわからないけど、やるしかなさそうだ。


「え!? えーっと、……はじめまして、アルマです。わたしは……生まれつき魔力がなくて、今まで何にも役に立つことはできなくて。……でもやっと、みんなを助けられるようになって、でも、失敗しちゃって。でも、まだ終わってないから。もう一度、挑戦したいんです! みなさん、わたしを助けてください!」


「……ニュクスです。見た目だけ、魔族です。でも私も魔力はなくて。でも、アルマと一緒に、この街を、皆さんを、守りたい。だから、応援、よろしくお願いします」


 二人がカメラに向かって呼びかけた直後、月子氏が指を鳴らした。次の瞬間、二人を取り囲むように、いくつものメッセージが湧き上がる。『頑張れ』『負けるな』『応援してる』。声なき声が、二人に届く。


「さぁ、リスナーさんのコメントを可視化しました。でも、まだまだ足りません。みなさん、これは二人にとっての舞台。いわば『ライブ』です。もっと声を、届けてください! 名前を呼んでください! ――さぁ、どうぞ!」


『アルマ! アルマ! アルマ! アルマ!』


『ニュクス! ニュクス! ニュクス! ニュクス!』


「いやーみなさんノリがいいですね、素晴らしい!」


 色とりどりに輝くコメントたちが、アルマとニュクスの体に吸い込まれていった。心を込めた言葉が、心の力へと変わり――枯渇寸前だった『心力』が満たされていく。


「すごい……これなら、やれるかも!」


「うん……いこう、アルマ」


 二人の体は青白い光に覆われている。スポットライトに照らされたようなその姿はステージに立つ演者のようだ。その瞬間、周囲を覆っていた光の壁が解除され、無数の機械兵士たちが襲ってくる。

 

「さぁ、反撃開始ですよ! 最高のショーを、見せてください!」


 

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