第4話:もしもあのとき手を挙げなければ
「だからー、わかりませんっていってるじゃーん。ねー?」
「え、えっと……うん」
肘をつき、ニュクスに問いかけるアルマ。その様子を見たセオドアが嘆息する。
「知らないとしても、君が結界に対する妨害装置を持っていて、さっきの連中の手助けをしたことは事実だ。どういう経緯で受け取ったのか、もう一度詳しく説明してくれ。あとアルマくん。ちょっと静かに」
「はーい」
三人がいるのは冒険者協会のとある部屋。あの後セオドアに連れてこられ、アルマとニュクスはこの部屋で事情を聴かれていた。普通の会議室なので重苦しさはないが、何せもう夜である。疲れもあったし空腹だ。
「さっきも言った通りで、私は見ての通り魔族なので、普通の仕事はさせてもらえなくて、普通には出回らない仕事をしてたの。その一環で、この装置を所定の場所に設置してくれ、って頼まれた。だけど、警備兵に見つかって追いかけられて、アルマに助けてもらって……それで、今こうなってる」
「その装置はどうやって渡されたんだ?」
「いきなり端末に連絡がきて、塀の外のここに袋が置いてある、って言われた。だから、依頼人――多分あのエクスってやつだけど、その人と会ったのはさっきが初めて」
「人じゃないっぽいけどねー」
「そうだね、人形って言ってたっけ」
セオドアはしばし考えた後、頭を掻く。
「……君の端末の番号を知っている人は?」
「仕事用にいろんな人に伝えているから、正直よくわからない」
「だよね。……街中に内通者はいそうだけど、特定は難しい、か」
再びセオドアがため息をついたとき、部屋のドアが開き一人の男性が入ってくる。年齢は三十台半ばくらいだろうか。髭を生やし、スーツを身に纏っていて、只者ではなさそうな気配をアルマは感じた。
「セオドア君、お疲れ様。コーヒー飲みますか?」
「あ、ファロス副長。お疲れ様です。いただきます」
副長、ということは偉い人なのだろう。口調も相まって優しそうな雰囲気ではある。さっきの戦闘中、通信から聞こえた声かもしれない、とアルマは思い出す。
「君たちも、どうですか?」
アルマはニュクスと顔を見合わせると、頷いた。
「あ、ほしいです。ミルクと砂糖も」
「わかりました。ルキナさん。コーヒーを四つ、お願いできますか? 砂糖とミルクも」
ファロスは後ろを振り返り、部下らしき女性にコーヒーを頼むとそのまま部屋の中に入り、椅子に腰かける。
「さて……アルマさん、まずはこの町を守ってくださり、ありがとうございます。率直に言って、もし貴女がいなければ被害は大きくなったでしょう。助かりましたよ」
「あ、いえいえ、そんな、はい。無我夢中だったし……何より、ニュクスを助けてあげたいって気持ちが強かったんで、大丈夫です」
ファロスの腰が低かったため、むしろアルマは慌ててしまった。
「もう遅い時間ですが、すみません。我々としても色々対策を立てておきたく。もう少しお付き合いください。ニュクスさんも、よろしくお願いします」
「は、はい……私は家族とかいないから大丈夫だけど、アルマは? おうちの人、心配しない?」
「あ、確かに。あの、親に連絡って入れてもいいですか?」
二人とも仕事で遅くなるとはいえ、いつまでかかるかわからない。もし帰ったときにアルマが不在だったら心配するだろう。
「もちろん。……そういえばアルマさん、苗字は――」
「ノーヴァス、です。アルマ・ノーヴァス」
アルマの回答に、ファロスの目が驚いたように見開かれる。
「ほう。ご両親はもしかして、魔導技術研究所にお勤めで?」
「え、はい。なんで知ってるんです?」
両親が務めているのは、魔導具の研究開発をしているところだ。たまにアルマが試作品のテストを手伝うこともある。
「我々冒険者協会は、新しい魔導具の開発で大変お世話になってるんですよ。特にノーヴァス博士はお付き合いがありまして……先ほどアルマさんが使った『心核兵装』。アレの開発もノーヴァス博士です」
「えっ……さっきのでかい剣、作ったのお父さんとお母さんってことですか? それをわたしが使えるなんてすごい偶然……」
「……いえ。あの場にアルマさんが居合わせたのは偶然ですが、あなたが使えたのは偶然ではないでしょう」
「えっ?」
「私が見る限り、貴女には魔力がない。おそらく、ご両親はそんなあなたにも使える魔導具の開発をしていたのではないでしょうか? その副産物として『心核兵装』が生まれたのではないかと」
「……確かに、わたしにも使えるような道具を研究しているとは言ってたけど……その結果が、アレ?」
もう少し普段使いできるようなものが良かったなぁ、とアルマは思う。もちろん役には立ったのだが。
「まぁ、詳しい話は直接聞いたほうが良いでしょう。私からご両親に連絡してこちらに来てもらうようにしますので、少し休んでいてください。遅くまですみませんね」
「あ、はい。ありがとうございます」
アルマがお礼を言ったところで、女性が部屋に入ってきた。
「お待たせしましたー、コーヒーと、クッキーです」
「ありがとうございます。ルキナさん。私ちょっと外すので、適当に雑談でもしててください」
「はーい。二人とも、砂糖いくついる? あ、セオドア君も疲れたでしょ、どうぞ」
長い黒髪のルキナさんはてきぱきとコーヒーとクッキーを配ると、他愛のない話をしてくれた。……コーヒーを飲みながら雑談をしてようやく、アルマは自分が緊張していたことに気づく。両親に会いたいと、久しぶりに思った。
◆◇◆◇◆◇
「アルマ!」
しばしコーヒーを飲んでくつろぎながら、雑談をしているアルマ達の部屋に飛び込んできたのは彼女の両親だった。
「あ、お父さんお母さん。仕事大丈夫?」
「あぁ、一通り終わらせた。とりあえずファロスさんから事情は聞いたよ、まさかアルマが僕らが開発した武器を使っているなんて思いもしなかったけれど……無事でよかった」
「うん。あの武器があったから、無事だったんだよ。二人のおかげでわたし助かったんだ、ありがとね」
「そうか……それは良かった。――では、ファロスさん。我々はとりあえず帰宅しても?」
「ええ、一通り事情は聞いていますので。ただその前に……ご両親もいらっしゃるここで、一つお願いが」
ファロスの声色が少し変わったようにアルマには聞こえた。
「なんでしょう?」
「アルマさんに、この町の防衛を手伝っていただきたいのです」
ファロスの言葉に、アルマは驚く。――が、同時に納得もしていた。状況を考えれば当然の判断だろう。
「それは……『心核兵装』をアルマが使えるからですか?」
「ええ。――取り急ぎ、ここにいる冒険者たちの適性を確認してみたのですが、やはり魔力が高いものは『心核兵装』を使うことができないようでした。もしあの機械の兵士や人形が攻めてきた際に、現行の戦力では太刀打ちできない可能性が高いのです」
冒険者は戦闘時に魔力を用いるため、必然的に魔力が多いものが大半だ。近接武器を使う場合でも、武器や肉体に魔力を込めることになるので、魔術を用いなくても魔力は必須である。
「だからと言って……さすがに親として、それは認められません。あの子は運動神経は良いですが、戦闘の経験もありません。危険すぎます」
アルマの父の意見は正しい。彼女は戦闘訓練を受けてもいない、ただの少女だ。魔力を持たないから肉体の強化ができず、だからこそ肉体が人より鍛えられているという、ただそれだけ。――でも、本当に、それでいいのか。
「そうですか……いえ、ご両親としては至極当然の判断だと思います。仕方ありません。もう一名、適正がある方がいましたので、そちらにお願いすることにしましょう」
「え? 冒険者は使えないんじゃ……」
アルマの言葉に、ファロスは頷く。
「そうです。ですが、もう一人、魔力がない方がいますよね?」
アルマはそれを聞き、ニュクスのほうを見た。彼女はまだぴんと来ていないのか、不思議そうな顔をしている。
「ニュクスさん。貴女に、この町を守るお手伝いをお願いしたいのですが、いかがですか? 報酬に加えて、衣食住のサポートもします。冒険者資格も取得できますし、今回の件も不問にしますよ」
「えっ……やります」
即答だった。
「ニュクス!? 危ないよ!? 戦うんだよ!」
「……うん。でも、私には、何もなかったから。住むところも、家族も、友人も、まともな仕事も。だから……役割をもらえるのは、うれしい。ちゃんとした仕事で、誰かの役に立てるの、すごくうれしいんだ」
そう、ニュクスは笑う。
(――あぁ、そんな顔を見たらさ、止められない。ならせめて)
「わたしも、わたしもやります! ニュクスと一緒に、この町を守ります!」
アルマは勢い良く手を挙げた。
「アルマ!?」
アルマの父が悲鳴のような声を上げる。……なんとなく、乗せられたような気がしないでもないけれど、仕方がない。
「……お父さん。わたしもニュクスと同じで、魔力がなくて、家族や、周りの人に助けられてばっかりなのが、本当はすごく辛くて、情けなかったんだ。だから、危険でも、この役割を果たしたい。――きっと、わたしはこのために、魔力がなく生まれてきたんだと思うから」
アルマは父の目を見て、そう宣言した。
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