第5話:もしもあのときわたしが諦めていたら

「よし、じゃあまず武器の使い方から」


 セオドアは訓練用の大剣を手にアルマに向けて話し始めた。


 あの後、結構アルマの両親は難色を示したが、冒険者協会が全力でサポートすることを条件に何とか許してもらえた。そして翌日。アルマとセオドアは冒険者協会の訓練室にいた。街を守る役割を果たすならと、実力の確認と訓練のために呼ばれたのだ。ちなみに同じ部屋でニュクスとルキナも見学している。全員訓練用のジャージを身に纏っていた。


「これ、持てるかな?」


 大剣を手渡され、アルマは受け取り、持ち上げようとする……が、すぐに力尽き剣を落とした。何せ彼女自身の身長と同じかそれ以上なのだ。小柄な少女が持ち上げられる重量ではない。


「むりー。おっもい」


「だろうね。でも重量はあの『心核兵装』――名前は『グラム』っていうらしいんだけど、とにかくあの大剣と変わらないはずだよ」


「えー? あの時は全然余裕だったのに」


「僕が見る限り、アルマさんがあの剣を持ち上げたとき、剣と、アルマさん自身も光ってた。多分剣の作用で何らかの力が発現してたんだと思う。実際身体能力も跳ね上がってたしね」


 セオドアの言葉にアルマは昨日のことを思い出し、頷きながら、首を傾げた。


「ん? じゃあわたしが訓練しようとしても意味ないってこと?」


 そもそも訓練用の武器は持てないし、身体能力が変わってしまうのであれば訓練しても意味がない気がする。


「そうだね、訓練用の武器じゃ、無意味とまでは言わなくても効果は薄い。下手すると変な癖になるかもしれない。だから――やっぱり本物を使うしかないと思う」


 セオドアはそう言うと、訓練室の奥にある倉庫から大きな機械剣――『グラム』を取り出してきた。改めてみると巨大だ。訓練用の剣よりもさらに一回り大きい。


「あれ? それ、セオドアさん持つとバチってなるんじゃ」


「あぁ。魔力を通さなければ弾かれないみたいなんだ。とはいえ、振り回そうとすれば肉体強化の魔術は必須だし、『心力』を引き出そうとすると魔力と干渉するから、僕には扱えないんだけどね」


 平然と言うが、つまりセオドアは今筋力だけであの剣を軽々と抱えているわけだ。さすがA級冒険者というだけのことはある。


「……これ、どうやって使うんだろ」


「使ってたじゃないか」


「あの時は無我夢中で……どうしたっけなー。……えっ!?」


 セオドアが手渡そうとした『グラム』に触れると、突然青白い光がアルマの身体を包んだ。


「え、え、え、いきなり? なんで?」


「あの時も光ってたと思うけど、何か違うのか?」


「いや、あのときはさ、こう、やるぞーって、感じのテンションだったけどさ。今はそんなだからさ。こんな当たり前に動くんだ」


アルマは発光しながらも『グラム』を受け取った。訓練用の大剣と異なりほとんど重さを感じないが、何せ大きいので扱いに注意しながら掲げる。


「……これ、眩しくない?」


「うん。そうだね。これ、戦場だと相当目立つんじゃないかな」


 アルマ自身はもちろん、剣も刃に沿って青白い光のラインが走っており、ビカビカと光っている。これじゃあカジノの看板だ。


「いやだなぁ。なんかマントとか着ようかな」


「うーん。隠密任務なら必要だけど、ことあの機械人形との戦いにおいては君は目立たないとダメだから、いいんじゃないか」


「えー。なんか恥ずかしい……」


 確かに、基本的にはアルマの攻撃しか通用しないのだから、彼女が敵を引きつけなくてはならないのだが。


「なら、恥ずかしくなくなるくらいに強くなればいい。見たところ、体の使い方は上手だけど、剣技は素人に見える。とりあえず――まずは武器に慣れるところから始めようか」


 セオドアが構えたのは訓練用の剣ではなく、自身の剣。この訓練室ではお互い傷をつけられないような結界が張られているらしい。


「この剣、その結界で防げる?」


 『グラム』は通常の武器とは違う仕組みだ。もしかしたら触れれば相手を傷つけてしまうかもしれない。アルマはそう危惧したのだが。


「あぁ、大丈夫だよ」


「確認したの?」


「――いや、いくら何でも僕が素人の君から傷を受けることはないからね。もちろん君を傷つけることもないから、結界なんていらないんだ」


 セオドアの声色と表情からは自惚れも、嘲りも感じない。ただ淡々と、事実を告げているだけのように思えた。


「……後悔、するかもよ」


「期待してる。――さぁ、全力で、僕を倒してみてくれ」


 アルマは、セオドアに向けて駆けだした。そして――。


◆◇◆◇◆◇


「うぅ……疲れた……」


 アルマは訓練室の床に倒れていた。結局はセオドアの言う通り、彼には一太刀も浴びせることはできなかった。怪我をしない程度の威力で全身を小突かれ、転がされ、疲労困憊となっている。


「目も、運動能力も、反射神経もいい。ちょっと訓練したらすぐに強くなると思う。何か、運動とかしてたのか?」


 セオドアは汗一つかかずに、アルマから少し離れたところに座っている。今はニュクスがルキナに訓練を受けていた。彼女は弓を使うらしく『心核礼装』も弓型のものを使用している。


「わたし魔力がないからさ。他の子たちと一緒に遊ぶには、自分を鍛えるしかなかったんだ」


 セオドアは少し驚いたような顔をした。


「……そうか。この街では魔術教育は当たり前にあるから」


 このコペルフェリアという街は、魔術や魔導具に関する技術が大陸でもっとも発展している。当然、幼いころから魔術は身近にあり、物心つく年齢から身体能力強化などの簡単な術は習得しているのだ。


「そ。みんな魔術のおかげで、どんどん足も速くなって、力も強くなってさ。一緒に遊んでた子たちに着いていけなくなってきちゃったんだよね。でもさ、悔しいじゃん。置いてかれちゃうの。だから、頑張ったんだ。少しでも早く走れるように。力がなくても対等に遊べるように。――自分を、卑下しないように」


 そう言いながらアルマは起き上がり、ニュクスが弓を構えるさまを見ていた。アルマほどではないが青白い輝きを纏い、実際の矢ではなく、何らかのエネルギーで作られた矢を放つ仕組みらしい。


「アレは『アルテミス』。狩猟の女神の名前を関した心核礼装で、心の力を矢として放つことができるらしい。……彼女も、筋がいいな。所作に淀みがない」


「へー。……意外。ニュクスはもっと、何もできないかと思ってた」


 アルマが彼女を助けたのは、昔の自分が重なったからだ。弱気で、必死で、でも何もうまくいかなくて、毎日泣きそうになっていた、あの頃の。


「――でも、そんなに弱い子じゃなかったね」


 ルキナの教えに何度も頷きながら真剣な顔で弓の練習をするニュクス。彼女は、苦しい状況でも、必死に前を向こうとしている。――思ったより、ずっと強い。


「さて、わたしも頑張るかぁ。――ねぇニュクス! 一緒に訓練しようよ!」


 アルマを立ち上がり、大剣を手に、ニュクスに手を振る。――二人で、強くなるために。



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