第3話:もしもあの剣を抜かなければ

「セオドア……冒険者か。魔力を用いて戦う、愚かな人類の体現者」


 エクスの言葉を無視し、セオドアはアルマを見る。


「怪我は?」


「ちょ、ちょっと危なかったけど、大丈夫。ありがと」


 セオドアの大剣によって、エクスが放った銃弾は防がれている。セオドアは背こそ高いが細身の若い青年だ。茶色い髪に整った顔立ちで、清潔感がある。きっとモテるだろうな、とアルマは思う。彼女のタイプではなかったが。


「こいつらが敵? 何者か聞いてるかな」


「えーっと、説明が面倒なんだけど、なんかコペルフェリアを占領して、住んでる人たちを実験に使うって言ってた。で、あの男はエクス。なんか人形らしいよ」


「つまり敵か。それだけわかればとりあえず十分。……人形? 言われてみれば、魔力を感じないし、気配も変だ。他の連中は……魔導兵、みたいだけど、ちょっと違うな。こっちも魔力を感じない」


 魔導兵、というのは魔族が使う、魔力で動く兵隊である。魔力嫌いのエクスの様子から考えると、ここにいる連中は別のエネルギーで動いてるんだろうか。


「とりあえず――詳しい目的も知りたいし、なにより壁に穴を開けられてる。エクスとやら、事情を聴きたい。一緒に来てもらうぞ」


「断る。お前を倒して勝手に入らせてもらおう」


「警告はしたぞ。今は僕だけだが、他の冒険者もすぐに駆け付ける。お前に勝ち目はない。とりあえず――この兵士たちを、倒させてもらう!」


 セオドアは大剣を振りかぶると、思い切り機械の兵士に叩きつけ、吹き飛ばす。アルマには感じ取れないが、おそらく魔力が込められていて見た目以上の威力になるはず。……なのだが、威力が足りないように見える。ただの鉄の塊で殴りつけただけ、のような、そんな印象。


「……! なんだ、硬い!? ……いや、強化魔術が、消された……?」


 セオドアが後ずさる。本来なら両断されるくらいの威力だったのだろう。だが実際は吹き飛ばすにとどまった。機械兵士の装甲に多少傷がついているものの、行動に支障はなさそうだ。


「くく……。魔力なぞに頼り切っているから、そうなる。この兵士たちにはな、お前らの魔力を分解し無効化するコーティングを施している。つまり、お前は純粋な剣技だけでこの兵士たちを倒す必要があるわけだが……装甲も特殊素材だ。簡単ではないぞ」


 エクスの言葉にアルマは感心してしまった。なるほど。魔力を馬鹿にしてるだけのことはある。


「ど、どうしよう……あの冒険者さん、負けちゃわないかな」


 ニュクスは不安そうだ。兵士たちも動き出し、逆にセオドアに発砲したり謎の発光する剣で斬りつけたりしている。何とか躱したり受けたりしているが、どうやら銃弾や剣にも魔力を無効化仕組みがあるらしく、徐々にセオドアは傷を負っていった。


「冒険者協会本部! こちらセオドア! 現在壁に穴を開けた敵性体と戦闘中ですが……魔力を帯びた攻撃が通じません! おそらく通常の魔術も効かないかと! 対策の検討をお願いしたいです!」


 セオドアは左肩に固定した携帯端末に向けて状況報告をしている。確かに、この後応援が来たとしても同じ状況では意味がない。


『こちら本部。カメラ映像から状況は把握済みです。すぐに対策をので。その座標から少し離れてください』


 端末から響く言葉の直後、セオドアが後方に飛び退く。――その直後、塀の内側から巨大な細長い物体が飛来し、地面に深々と突き立った。大きな音と共に土煙が舞う。


「び、びっくりした……なにアレ、剣?」


 アルマの言葉にニュクスは首を傾げる。


「形は剣っぽいけど、機械っぽい……?」


 彼女の言葉通り、基本的なフォルムは剣のようだが、柄にあたる部分には色々な装置が取り付けられている。刃も様々な部品によって形作られており、アルマが見る限り切れ味が良いようには思えなかった。重そうだし。


「危ないなぁ! 本部! なんですかこれ!」


 セオドアは機械兵士たちをけん制しながら器用に返答している。それでいて、敵の攻撃がアルマ達に向かないようにコントロールしているので、腕の立つ冒険者なのは間違いなさそうだ。


『それは『心核兵装しんかくへいそう』。大剣タイプの試作品ですが、魔力による攻撃が通用しない相手にもダメージを与えられるはずです。セオドアくん、試してみてもらえますか?』


 どうやら、あの巨大な剣は何らかの新兵器らしい。


「わかりました! ……試作兵器、僕に、使えるか……?」


 セオドアは自らの大剣を地面に突き刺し、『心核兵装』の柄を握った。そのまま地面から引き抜こうとするが――。


「痛っ! なんだ、これ!? 弾かれたぞ!」


 静電気のように、剣の柄がセオドアの手を弾いたのだ。痛みもあったらしく苦悶の表情を浮かべている。


『……やはり、ダメですか。その『心核兵装』は、『心力しんりょく』と呼ばれる心の力をエネルギーとして用いているらしいのですが、力を引き出す過程で魔力と干渉するとのことで。要は、魔力が多くある人間ほど、その抵抗が大きくなって、弾かれてしまうと。戦闘中なのでうまくいったりしないかと一縷の望みに掛けたんですが、そんなに甘くはなかったようですね』


「そんな一か八かみたいなこと! この場面でやめてくださいよ!」


 セオドアは自らの剣を抜き、再び機械兵士たちと戦い始める。……が、明らかに決め手に欠け、足止めさえままならなくなってきた。


「……多少期待したが、所詮その程度か、現人類。――ではこれより、侵攻を開始する! コペルフェリアを占拠せよ!」


「くっ……! よせっ!」


 セオドアの前には二体の機械兵士が立ち塞がり、他の八体とエクスは大穴から街中へ向かうつもりのようだ。


「援軍、まだ……!?」


 アルマは街を振り返る。何名か警備兵は来たようだが、おそらくすぐに突破されるだろう。――いや、仮に腕利きの冒険者が来たところで、この様子では足止めがせいぜいだ。状況は打開できない。


「……アルマ、どうしよう……このままじゃ、私のせいで……」


 ニュクスの言葉に、アルマは打開策を探して周囲を見渡し――地面に突き立ったままの『新兵器』を見た。そして、先ほどの言葉を思い出す。


「魔力がある人間だと、弾かれちゃう。……なら」


 アルマは、魔力がない。それ故にたくさん苦労をしてきた。なんで自分だけがこんな目に。そう思う日もあった。でも、もしかしたら、それは。


「――今日という日のために、わたしは、こんな風に生まれたのかもしれない」


 そう呟くと、アルマは走った。体が軽い。恐怖も、ためらいも、不安も、今はなく。ただ――ニュクスの手を取った時と同じ感情が、体を包む。


 まるで選定の剣のごとく、大地に突き立つ機械の刃。アルマはその柄を手に取る。セオドアの時のような抵抗はない。それどころか――。


「えっ、な、なに!?」


 青白い光が、アルマ自身から、剣に向けて流れ出す。その輝きが伝播し、大剣が発光した。


「なんだ!? 君! いったい何を!?」


 セオドアの驚きの声に合わせ、通信機からも声が聞こえる。


『起動した……? あの少女は一体……?』


 アルマは戸惑いながらも、大剣を地面から引き抜こうとする。絶対に持ち上がらないと思ったが、重さなどないかのように大剣するりと抜け、アルマの手に収まった。大剣が発光しながら、動く。柄が変形し、光の刃が生み出された。


「わかんないけど……きっと、いける!」


 アルマは身の丈ほどの大剣を両手で振りかぶり、近くにいた機械兵士を横薙ぎに殴りつけた。光の刃がやすやすと装甲を切り裂き、両断する。


「……ほう、面白い」


 エクスが笑みを浮かべ、機械兵士たちをアルマに差し向ける。九体の兵士たちは銃を構え、彼女を狙う。距離があり彼女の攻撃は届かない。だが――。


「てやあああああああああー!!!!」


 アルマは、跳んだ。どういう理屈か、身体能力も底上げされているらしい。自身の身の丈よりもはるか高く。剣を大上段に振りかぶり、機械兵士たちの頭上へと舞う。そして、中心にいた一体に思い切り剣を叩きつけた。


 部品をまき散らし、機械兵士は粉々になる。衝撃で周囲の兵士たちの動きが止まった。そして――。


「これで、おわり、だああああああー!!!!」


 フルスイング。自らを中心として、剣を思い切り振り回す。刃は光線となり、周囲にいた機械兵士たちをすべて切り裂いた。あとに残ったのは、呆然とするニュクスとセオドア、そして、エクス。


「……貴様、なんだその武器は。……いや、なんだお前は? 今の人類どもとは違う。魔力を持たない……新人類だとでも?」


「わかんないけど! どうする!? まだやるの!?」


 エクスはしばし考えたのち、ふわり、と、空中に浮かんだ。


「――元々、偵察が目的だ。何より、新たな兵器が導入されたなら、対策を撃たねばならん。ここは引く。また会おうアルマ。次は貴様を倒す」


 エクスはそのまま空中へと消えていった。機械兵士たちも全滅を確認している。


「……とりあえず、終わった、かな……?」


 大剣を地面に突き刺すと、アルマは不安そうにこちらを見つめるニュクスに向けて、笑う。――ひとまず、街を守ることはできたみたいだ。





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