第2話:もしもわたしが口下手だったら
外から聞こえてくる轟音と煙。アルマが迷ったのは一瞬だった。
「ニュクス! 行こう!」
アルマは怯えたような表情を浮かべるニュクスに手を差し伸べる。
「でも……私のせいで……」
「まだわからないじゃん! でも……ここで行かなかったら本当に何かあったとき、無責任な悪者になっちゃう。できること、あるかもしれないでしょ。とりあえず行って、様子だけでも見よう。相手を怒らせちゃったのは私のせいだし、ニュクスだけが悪いわけじゃないよ」
「わ、わかった……」
二人は慌ててさっき着ていた服に着替えると、玄関を飛び出した。音のするほうへ向けて急ぐ。
走りながら、ピザが冷めちゃうな、なんて関係のないことをアルマは思った。
◇◆◇◆◇◆
アルマは煙を目印に、街の外壁に向けて走る。ニュクスとはぐれないよう、手を繋いでいた。
「見えた、あのあたり! ……門じゃない、ってことは、外壁を破ろうとしてる?」
この町には何か所か門があり、それ以外は外壁で覆われている。さらに外壁を含めて結界が張り巡らされていて、基本的に門以外からの侵入は不可能になっているはずなのだが。
アルマ達が外壁近くにたどり着くと、そこには煙と共に大穴が開いており、その周囲には集まってきたであろう警備兵たちが倒れていた。そして――。
「な、なにこいつら……」
穴の外側には多くの人影。だが、人ではない。一言で言うと、機械の兵隊。それが十体ほど。そして――それを率いる、長髪の男性。まるで人形のように無表情で整った顔をしている。
「ん? お前……さっきの出来損ないの魔族か? 喜べ。この大穴はお前の功績でもあるぞ。お前に渡した装置は結界を消去するものだ。結界の発信源に設置できれば楽だったが、街中にあるだけでも……この通り効果を弱めることができる。立派な共犯だな」
男の言葉に、ニュクスが泣きそうな顔になる。アルマは握ったままのニュクスの手を優しく握りなおす。
「大丈夫、ニュクス。あなたのせいじゃない。たまたまあいつに狙われただけ。それに、あなたが……まぁ、その……ポンコツだったから、結界を消すまでは至ってない。ここで止められれば大丈夫だよ。開いた穴の弁償は……頑張ろう。私も原因だし、手伝うから、うん」
実際、結界が消し去られていたならもっと被害は大きかったろう。とはいえ、この穴から街中に侵入されれば同じことだ。
「……うん、ありがとう、アルマ。……でも、どうやって止めよう。私は多少訓練はしてるけど、魔力がないからロクに戦えない。アルマは?」
「わたしもそう。運動は得意だけどさ。とりあえず時間を稼いで、強い人が来るのを待つしかない……かな。警備の人たちはもうやられちゃったし、冒険者とか、凄い魔術師の人とか」
コペルフェリアという街は、別名魔術都市と呼ばれており、魔力や魔術に優れた人が数多く住んでいる。助けはすぐに来るだろう。
「ねぇ! あなたたちの目的は何!? なんで結界を消して、穴を開けたの!? ……というか、あなたたちは何? 人間……じゃない、よね」
アルマは男を凝視する。人の形はしているが、何というか気配に違和感がある。端的に言って、生きているように感じられない。周りにいる機械の兵士たちは言わずもがなだ。
「我らは、旧時代の遺物。この世界が今の形になる前に存在した、人に造られし人形だよ」
「……どういうこと? わかる? ニュクス」
「あんまり。……昔の、お人形? いつの? 十年前くらい?」
アルマとニュクスは顔を見合わせて疑問符を浮かべた。
「……愚劣な小娘どもには理解できなかったか。まぁ良い。我々はこの文明が生まれる以前の人類に仕えていた存在。今の魔力という力に頼り切った弱者とは違う、正しき人を主としていた。――だからこそ、この世界が許せない。この世界の、醜い人類が許せない。それゆえ、この人類の中心であるこの街を占拠し、支配する。そのうえで、旧時代の人類を蘇らせるのだ」
男の言葉にアルマとニュクスは再び顔を見合わせる。
「……要するに、世界征服が目的?」
「そんな感じ、多分。この町がおっきいから占領するって」
「悪いやつじゃん」
「……それは最初っから大体わかってた」
「そか」
とりあえず相手の正体と目的はわかった。だが、これで会話を終わらせるわけにはいかない。アルマ達がすべきことは時間稼ぎなのだ。
「えーっと。とりあえず、あなたのしたいことはわかった」
「……理解できるとは思えんが、まぁ良い。では、改めてこの町を占拠するとしよう」
「あー、うー。ちょっとまって。えっとねぇ。いやー……そうだ。あの、わたしはアルマっていうんだけど、あなた、名前は?」
苦し紛れのアルマの質問。だが意外にも男は特に表情を変えることなく答える。
「私はTK-970000X。略称エクス、だ」
「えっ番号。人形だから、ってこと? ……まぁいいや。えーっとエクスさん」
「エクスでいい」
「じゃエクス。あなた、ここを占領して、昔の人? を蘇らせるって……どうやってやんの? 魔法でも使うの?」
死者蘇生は普通の魔術では不可能だ。魔法のような世界に働きかける奇跡でもなければ成し遂げられない。そのくらいは学校で習うし、アルマでも知っている。
「さっきも言っただろう。我々は『魔力』といった下品な力は用いぬ。……そもそも、別に特定の誰かを蘇らせるのではない。遺伝情報はデータとして残存している。この地上にいる人類どもを改造し、過去の人類へと変化させる。――犠牲は出るだろうが、これだけ実験材料がいれば特に問題はない」
「ん-……よくわからないんだけど、過去の人類と今の人類、そんなに違うの?」
昔の人類、と言われてもアルマにはぴんと来ない。魔力を持たなかった、というのは何となく察することができたが、何かが優れていたのだろうか。
「違う。ここに存在する人類は、魔力という力に依存し、知識、技術、そして己の肉体を磨く力が衰えた。――だから、万物の霊長となれずにこんな亜人どもが地上に蔓延る」
エクスの目はニュクスを見ていた。今、地上には多くの種族が溢れていて、人類の支配地域は一部にとどまる。魔族を含めて基本的には共存関係にあり、間違っても上下の関係ではない。
「……みんなで仲良く、じゃいけないの?」
「なれ合いなど、進歩の妨げだ」
アルマの問いに答えるその姿は、何かに焦っているような、何かが乗り移っているような、そんな風に感じられた。彼女は少し考えたのち、気になったことを聞いてみる。
「じゃあ、それだけ優秀だった過去の人類は、なんで滅んだの?」
ピタリ、とエクスの動きと表情が止まる。
「旧人類、っていうことはさ、もういないわけじゃない。それだけ地上を支配していたのに、どうして? 何か理由があったの? そうやって偉そうにしてたから、同じ種族同士争いになった……とか?」
エクスはアルマを睨みつけると無言で武器を構えた。――複雑な構造をしているが、おそらく銃だろう。
「……アルマ。と言ったな。まずお前から殺そう」
「え、ちょ、なんでよ。図星?」
「……アルマ、ちょっと口が悪いね」
ニュクスが冷静に告げた。両手を上げるが、エクスは完全に射撃体勢だ。
――やばい、殺される――!
銃弾がばら撒かれる。思わず目を閉じるアルマ。彼女の体に黒い弾丸が吸い込まれようとしたとき――。
「――間に合った、大丈夫か?」
大きな剣が、降り注ぐ銃弾を弾いていた。
「……貴様、何者だ」
「コペルフェリア所属、A級冒険者、セオドア。……この街に手出しはさせない!」
とりあえず、なんとか助けは間に合ったらしい。
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