No Magia!

里予木一

少女たちは出会い手を取り合った

第1話:もしもあの手を取らなければ

「――魔力がなくて、悪いかー!!!!!」


 アルマは誰もいない道の真ん中で叫んだ。もしかしたら近隣の方には聞こえていたかもしれないが、取り合えず気にしないことにした。


「くっそぅ、わたしだって好きでこんな体生まれたんじゃないんだよぉ」


 ぶつぶつと呟きながら、アルマは学生服姿で携帯端末を操作する。簡単に言うと、クラスメイトから魔力がないことを馬鹿にされたのだ。大した内容ではないが苛立ちはする。


「はぁ……いつも通り、二人とも残業、ご飯は適当に食べて、と」


 両親は忙しい。彼らのおかげで、裕福な暮らしができているのもわかる。でも、落ち込んで、愚痴を聞いてほしい時だってあるものだ。金色のショートヘアをいじりながら、アルマは無理やり今晩のメニューへと思考を切り替える。


「作るの面倒だし、ピザにでもしよっかなーいっぱい食べちゃおっかなー……ん?」


 後方から足音と怒声が聞こえる。振り返ると少女が二人の男に追われていた。一見犯罪的な光景だが──少女の肌は青く、頭の左右に赤い角が生えている。そして、男たちはこの街の警備兵のようだった。


「……青い肌と赤い角。魔族だ」


 魔族とは、魔界に住んでいた種族の総称だ。長い間、人類と対立関係にあったが、五年ほど前に和解した。その結果、多くの魔族が地上で暮らすようになったのだ。


「でも、この辺じゃめったに見ないよね。めずらし。それに――」


 一応、魔族は許可さえとればどこでも暮らすことはできる。しかし現実的に魔族に対する差別は根強く存在しており、少なくともこのコペルフェリアで、アルマが魔族を見るの初めてだった。


「待て! 貴様! 何をしようとしていた! 止まれ!」


 警備兵たちは必至の形相で叫んでいた。魔族の少女は、長い銀髪を揺らしながら、泣きそうな顔で走っている。……きっと、じきに追いつかれるだろう。彼女が本当に悪いことをしたのなら自業自得ではあるが――。


「アレじゃあ、話も聞いてもらえなそう」


 実際、魔族というだけで周囲の人々は遠巻きだ。彼女の味方は今この場所に存在しない。殴られたのであろう顔のアザが見えた。きっと捕まれば、もっとひどい目に逢うのだろう。――その様子が、魔力がないと差別を受ける、自分の姿と重なった。


「どっちが正義かなんてわかんないけどさ。――かわいい女の子に味方したいじゃん。魔族だとしても」


 アルマはこちらに向けて走る少女に目を合わせると、手招いた。近くには路地がある。アルマが小さいころ通っていた、狭い裏道だ。小柄なアルマや、細い魔族の少女なら通れるだろうが、きっとあの警備兵たちはつっかえる。


「こっち」


 返事も待たず、アルマは魔族の少女の手を握り、路地裏に連れ込んだ。子供の頃に戻ったような、久しぶりの感覚。暗く、湿ったにおい、壁に肌を擦りそう。魔族の少女も何とか通れている。アルマはそのまま路地の奥へと進んでいった。この道は複雑で、しばらく進むと彼女の家の近くに着く。遠くから警備兵の声が聞こえるが、無視。 


 路地裏から飛び出すと、アルマは魔族の少女に制服のブレザーを被せた。角と肌が目立ってしまうから仕方がない。そのまま連行するように自宅まで連れていく。魔族の少女が何か言っているがいったん無視。警備兵に見つかると面倒だ。


「はぁー、着いたー。良かった見つかんなくて。あ、それもう外していいよ」


 アルマはドアを閉め、玄関でしゃがみ込む。魔族の少女はブレザーを小脇に抱え、憮然とした表情でアルマのほうを見ていた。


「なに。なんか文句ある? 困ってそうだったからとりあえず連れてきたけど」


「…………ない。ありがと」


 何か言いたそうだったが、魔族の少女は飲み込み、頭を下げた。


「すなおじゃーん。いいね。とりあえず入って。あ、手を洗って、上着脱いでね」


 アルマは返事を聞かず洗面所へと向かう。魔族の少女もついてきた。


「そういえば、名前は? わたしはアルマ」


「……ニュクス」


「ふぅん。かわいい名前。じゃ、ニュクス。なんか食べたいものある?」


 アルマが手を洗いながら問う。


「えっ、わからない。こっちの料理は、正直あんまり」


「ありゃ。そうなんだ。じゃわたしの好みでいっか。あーそうだ、夕飯買ってくるの忘れちゃった。近所のピザ屋で買ってくるから手を洗ってリビングで待ってて。あ、それ、部屋着。汚れただろうし着替えといて!」


 アルマはニュクスに指示を出し、再び外へと出かける。ピザが好きだといいな、と思いながら。


◇◆◇◆◇◆


「これを決められた場所に置け、っていう仕事? なんか胡散臭いなぁ……」


 リビングでピザを食べながら、アルマはニュクスから事情を聞いていた。ちなみに、ニュクスは小柄なアルマに比べてかなり背が高く、部屋着のサイズは合っていない。彼女曰く、依頼主から一抱えほどの謎の機械を渡され、その設置を頼まれた結果、不審者として追われていたらしい。


「うん。私もそう思うけど……でも、魔族だと、まともな仕事には全然就けなくて……」


 両手でピザを持ちもぐもぐと食べながらニュクスは言う。どうやら気に入ってくれたらしい。


「やっぱそうなんだ。ニュクス以外の魔族みたことないもんねぇ。やっぱり魔界からの移民なの? 家族は?」


 その言葉に、ニュクスは複雑な表情を浮かべた。


「私、家族はいないの。人工的に生み出された存在だから……」


「えっ、どういうこと?」


「このコペルフェリアには、人工的に高い魔力を持つ人を生み出そうとしてる施設があるの、知ってる?」


「んー……なんか、噂には聞いたことあるけど、本当なの?」


 アルマの両親は、魔術関連の研究所に勤めている。彼らの会話に、そんな話が出てきたような気がするのだ。大分前だからあまり覚えてはいないけれど。


「うん。私はそこの失敗作。――魔族は、一般的に魔力が高い。だから、生み出す材料として魔族の遺伝子も使われた。……本当だったら、人間の外見で高い魔力を持つ存在を生み出したかったみたいなんだけど、私は突然変異で、魔族の外見を持つ、魔力が全くない存在として、生まれちゃった」


 アルマは顔をしかめる。思ったよりもひどい研究だ。


「それで……ニュクスは、どうなったの?」


「訓練をしながら育ててもらったんだけど、魔力のない子供はいらないから、身分証とある程度のお金を渡されて、放り出されちゃった。他にも似たような子はいたけど……私は魔族だし、魔力もないから仕事も全然なくて……今こうなってる」


「ええ……辛いねそれ。わたしもさ、魔力なくて色々苦労してるけど……ニュクスはもっと大変だよね」


 アルマの家は裕福だ。だから、魔力を持たない彼女でも特に生活に不自由はない。ちょっとした差別はあっても、友人はいるし学校にも通えている。でも、ニュクスは違う。


「アルマも、魔力がないの?」


「うん。なんか普通はあり得ないらしくて突然変異じゃないないかって言われてる。だから両親は、魔力がなくても使える魔道具の研究とかしてるんだよね」


 この世の道具の大半は、魔力があることを前提に作られている。一応外付けのバッテリーは存在するが相応にコストと時間がかかるのだ。アルマの持っている携帯端末にしても、両親にチャージを頼むか、予備のバッテリーと交換しないと長時間は使えない。


 そんな苦労話をしていたら、ニュクスの懐から通知音が鳴り響いた。携帯端末だろう。魔導技術が発展したこの街においては必需品だ。バッテリーに関しては、アルマと同じような苦労をしているだろうが。


「連絡だ……。ごめん、出るね。……はい、もしもし。……いえ、その、警備の人に見つかって……」


 アルマはジェスチャーで声をスピーカーから出すように伝える。ニュクスは躊躇いつつも指示に従った。


『失敗した、ということか。やはり使えないな。まぁ、街中に持ち込んだだけで、一定の効果は見込めるが……』


 端末のスピーカーから響いたのは男性の声。見下すような口調が不快に思う。アルマは自分の機嫌が悪くなっていることを自覚した。


『わかった。失敗は残念だが、お前のような出来損ないに期待したこちらが悪い。その機械をできるだけ見つかりづらいところに設置しておけ』


「ちょっと、偉そうに何様!? ていうかこの機械何!? ヤバいもんなの!?」


 アルマは端末に叫ぶ。ニュクスが口を塞ごうとするが、止まらない。


『……無能なだけでなく、情報漏洩か。作戦変更だ。すぐに攻撃を行う。じゃあな魔族の出来損ない。生きていれば報酬は振り込んでやろう』


 プツリ、と通話が切断された。


「ちょっとなにコイツムカつく! ……ん? なんか、音が……?」


 アルマが窓を開けた。彼女の家は高台にあり、この町の外壁までも見えるのだが――。


「…………煙? と爆発音? ……まさか、さっきの電話の相手!? ニュクス、あいつらは一体、何者なの!?」


「わ、わからない……。私はただ、これを運んでって、頼まれただけで……ど、どうしよう……アルマ」


 不安そうなニュクスの顔。アルマ自身も、自身の発言が引き金になってしまったのではないかと、恐怖を覚える。


 ……彼女を助けたことは、正しかったのだろうか。もしあの時、彼女の手を取らなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 アルマは窓の外を見ながら、この後どうするべきかを考えていた。




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2025/8/5 書き出しを少し修正しました。

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