幼馴染み以上、恋人未満

キジトラタマ

第1話

(アイリちゃん、おとなになったら、ぼくたちけっこんしようね)


なんて言っていた、幼馴染みの木嶋きじまヒロトは、高校生になってからすぐ、彼女ができた。入学して、まだ1ヶ月くらいの頃だった。

ほとんど話したこともない、同じクラスの女の子から、告白されたらしい。


「よく、OKしたわね」

「俺は将来医者になるから、何事も経験が必要だと思ってね。こういう体験学習は、高校生のうちからしておいて、損はないだろ」

「体験学習……って」


ヒロトは幼い頃から頭がよく、将来医者を目指している。中学時代から部活動もせず、学校が終わった後は毎日、自宅で勉学にはげんでいた。


だから、彼女ができたと聞いた時には、少し驚いた。


「女の子の心と体を知るには、つき合うのが一番だろ」

「何だか、いやらしい言い方」


「勘違いするなよ。俺にはよこしまな考えなんて、まったくないからな。あくまでも、心理学や人体学なんかの、参考にするため。俺にとって彼女は、生身の教科書みたいなものなんだよ」


勉強好きなのはいいけど、こういうことを本気で言うところは、少々呆れる。


「……それ、彼女は、承知しているの?」


「それでもいいって、言っていたけど。なんか、俺と一緒にいられるだけで、幸せなんだって」

「ふうん」


まあ……、ヒロトは背が高く、顔もいい。

やや世間知らずなところはあるけど、性格も純粋で真面目だ。


包容力がある、と言うのだろうか。

正直、一緒にいて安心できるところは確かにある。


だから、女の子が惹かれるのも、わかる気はする。


「……で、健気な彼女のその言葉から、何か学び取ることはなかったわけ? 教科書なんでしょ」


「何かって?」

「……全然、学べてないじゃん」


それでもいいと言った彼女の、言葉の裏にある、女心を。

本当は好きになってもらいたいって思っているだろうし、これから少しずつ好きになってくれるのを、期待していると思うけどな……。


はたして、この人が彼女を好きになることは、あるのだろうか――。


「いろいろと、学ばせてもらってはいるよ。どういう時に何を言ったら喜ぶとか、手をつないだらテンションが上がるとか、キスしたら顔が赤くなるとか。体は丸みがあって、柔らかいし。女の子って、本当に、興味深い生き物だよね」

「……」


最低だな。この男。

すべて、記録までつけていそうである。


「キス…したんだ」

「したよ。女の子の唇って、どんな感触なんだろうと思って。キスしてもいいかって尋ねたら、いいって言ったし」


本当に、罪作りな男。

本人は体験のつもりでも、彼女はひょっとすると、両想いになれたと信じたかも知れないのに……。


「……で、どうだったの?」

「ううん…。ムニュって、柔らかかったね。あと、何か首のあたりから、いいニオイがしたかな。香水?」


「そういうことでは、なくて。ヒロトは彼女とキスして、何も感じなかったわけ?」

「いや、別に何も。だって俺は、彼女に恋愛感情みたいなものはないからね」


「好きじゃないのに、キスができるの?」

「……お前さ。何か勘違いしてない? 俺は今、女の子の心と体について、学習中の身。彼女もそれを理解して、つき合ってくれているだけだよ。その点は、感謝するけどさあ。知ってるか? ヨーロッパの国なんかでは、友人同士で、とかもするらしいぜ」


「予行演習?」

「セックスの」


「ッッッ!!?」

「本気で好きになった女の子の前で、恥をかきたくはないじゃん。リードできる男になるための、練習だよ」


本当に最低だな。この男。

学校が違うから彼女とは面識すらないけど、彼女の代わりに、頬をひっぱたいてやりたい気分である。


「彼女と……、の?」

「もちろん、彼女がいいって言ったらね。学習のために」


「そんな要求、絶対にしない方がいいと思うけどな」

「何で?」


「彼女が、傷つくだろうから」

「でも彼女は、僕のために自ら、教材の役目を――」


「ダメったら、ダメ!」


ピシャっと言うと、ヒロトは不満げに口を閉じた。

体を重ね合うのに、教材なんて、酷い言い方だ。


「彼女がヒロトのことを本気で好きだったら、愛がない……なんて、傷つくでしょ」

「……彼女は、割り切ってくれると思うけどなあ」


「あなたには一生、女心はわからないでしょうね」

「まあ……、俺は基本的に、女の子に興味はないからね」


「女の子に興味はない…って、ひょっとして、ヒロトは――」


あちらの、ケが……?


「ばあか。アイリ以外の、っていう意味だよ。じゃあお前、結婚する時に俺がど素人でも、文句言うなよな」


「……は?」





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