第7話|揺れる視線と土曜の約束

金曜日の夜。


デスクの上のモニターを閉じて、**成海まお**は小さく息を吐いた。


……やっぱ、あの人すごいなぁ。


今日一日、どこに行っても聞こえてきたのは、**西園寺アスカ**の名前。


しかもその中心に、**瀬戸悠真**がいた。


気にしないようにしてた。


私は私だし、悠真くんとは、もう何年も気楽な関係でやってきた。


いまさら、どうこうって話じゃ——ない、はずなのに。


(……ランチ、やっぱ行ってたんだ)


ふと、Slackのステータスが“応答なし”だった昼の時間を思い出す。


彼が食事に行くのは自由。だけど、相手がアスカさんだったとなると、話はちょっと違う。


私が神楽坂に行きたいって言ったのは、偶然じゃない。


悠真くんのInstagramを見て、同じ場所に行きたいと思ったから。


同じものを見て、同じ空気を吸って、一緒に歩きたいって、思ったから。


明日は、その願いが叶う日——の、はずだった。


けど、こんなふうに心がザワつくなんて、


正直、自分でもちょっと意外だった。



その夜。


ベッドに寝転んで、スマホの通知をぼんやりと見つめる。


LINEのトーク一覧に、「瀬戸 悠真」の名前があるだけで、少しだけ安心する。


ふと、明日の集合場所と時間を確認するために、メッセージを開いた。


《明日、神楽坂。12時で大丈夫?》


——未読。


たったそれだけのことが、なんだか心に刺さった。


(……たぶん、忙しいだけ。きっとそう)


でも。


もしアスカさんからのLINEだったら、もう既読になってたりするのかな。


そんな考えが浮かぶ自分が、いやだった。



土曜の朝。彼からメッセージが届いた。


《ごめん、昨日寝落ちしてた。今日楽しみにしてるよ》


その言葉に、少しだけほっとして、スマホを胸に抱えた。


今日は、ちゃんと笑おう。


できれば、少しだけ距離を縮められたらいい。


でも、もし叶うなら——


“ただの同期”から、もう少しだけ、進めたら。


そんな気持ちを、春の空に押し込んで。


私は、待ち合わせ場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る