第2節「剣は語る」
「どれだけ腕前が上がったか、見せてもらうよ」
「せっ…先生と手合わせなんて光栄です!!全力で行かせていただきます!!よーし…」
(うーん…もう危ないな。命を捨てた目だ)
構える弥右衛門と小梅。二人の心情の違いは道場生にも明らかに察することができた。余裕が全くない小梅。それは道場生たちでも、察するに余りある。対する弥右衛門は…。
「なあ、どっちが勝つと思う?」
「そりゃあ先生だ。小梅の奴、明らかに力が入りすぎさ」
「先生…柳の葉みたいだな。捉えどころがない」
向かい合うだけで、小梅はどんどん消耗していた。相対する弥右衛門は、静かに構える。構えるだけだが全く隙が無い。瞬く隙も無いほどの刹那、弥右衛門は既に手を出していた。
「ーーーー!?」
「…小梅ちゃん。うちの流派が後の先だと思って、油断したね?それじゃあいけない。先読みも大事だが、基本を大事に」
「は、はい!!すみませんッ!!」
気付けば弥右衛門の突きが小梅の眼前で止まっていた。これが実戦なら命を落としている。この平和な世では当然、真剣で斬り結んだこともないだろう。あのままでは無駄死にするところだ。
すぐさま、小梅の散漫していた注意力が研ぎ澄まされる。弥右衛門の言葉が利いたようで、冷静さを取り戻した。とはいうものの、やはり弥右衛門には全く隙が無い。
小梅の目には己の無数の太刀筋が見えている。しかし、どこに打っても、返される。力量の差がまじまじと感じ取れた。だが、打たねば勝機は無い。意を決して、打ち込む小梅。
「えああああぁぁぁーーーーーっッッッ!!」
渾身の乱撃を繰り出す小梅。気迫は申し分なし。しかし、弥右衛門は一刀一刀、冷静にはじき返す。安納新月流の基本だ。
(ま…全く当たらない!!こんな…こんなにも遠いの!?)
当たらないのではない。弥右衛門のわずかな動きで、そこに「打たされている」読みの深さが段違いだ。息も絶え絶えになった小梅。その時、剣はもう既に死んでいた。
「ほっ」
そして、小梅の渾身の袈裟斬りを跳ね除け、竹刀を弾き飛ばすと、ぽんっと小梅の頭に弥右衛門の竹刀が乗る。小梅は自分の血の気が引いていくのが実感できた。…完敗である。
普段の小梅なら教えの通り、もっと思慮深く責め立てるのだが、今回のような気の早った剣では、復讐屋には太刀打ちできないだろう。この手合わせは、小梅の心を諫めるには十分だった。
「あ…」
「君が死ぬ必要はない。焦らずとも、道はもう見えているでしょう?愛弟子が斬られるところは見たくないよ」
「あ…ありがとうございました!!」
こうして、昼の稽古は終わり、生徒たちは道場を掃除する。皆が先ほどの手合わせの感想を言い合っている。彼らにも相当、刺激になったようだ。やはり弥右衛門は雲の上だ。
「いやぁ、凄かったな先生!!小梅ちゃんの太刀筋、俺なら全部当たってるよ。それをまぁ、当たり前のように平然と…」
「この道場に入門して良かったなぁ。俺もあんなふうになれるかな?…いやいや、小梅ちゃんの域ですら何年かかるやら」
雑巾がけは終わり、気持ちを入れ替えた小梅が道場の看板を念入りに磨いていると、そこに幕府の役人数名が道場を訪れてきた。何度か奉行所で見た顔だ。何の用だろう?
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