第3節「復讐屋」

 稽古の終わった道場の昼下がり。掃除を済ませた門下生、添島小梅は門の前で、疲れを流すかのように伸びをした。その時、奉行所で見かけたことがある役人が、


「失礼。北崎弥右衛門先生はおられますかな?」

「あ…はい。多分縁側に」

「なら、この文を渡してくれ。頼んだよ」


 そう、言い残すと役人たちは去っていった。


「なあ小梅ちゃん、また文か?今日はお役人だな」

「うん。先生に渡してくれって…最近、やたら文が多いわね…」


 最近、よく客人が道場に来る。とは言っても役人、町人、その他もろもろ、性別・年齢・役職もばらばらだ。そして文を受け取った弥右衛門。文自体に意味は無い。


 その中の黒い折り鶴を見て、弥右衛門の目つきが変わる。だが弥右衛門は折り鶴をくずかごに捨て、何事も無かったように、縁側で二番茶と草大福を堪能した。


 そして、その日の夜。昼の稽古で疲れ果てた小梅は、屯所にて半分、うつらうつらとしていた。だがこんな日に限って…事件は起きる。それは月の出ていない闇夜の出来事だった。


「はぁ…はっ…ひぃ…あっ!!」


 役人は息を切らし、夜の暗闇の中、必死で逃げ回った。姿は見えない。だが、確実に追ってきている。その手に抜き身の刀。斬られた役人の血が滴っている。


 役人は片足を斬り落とされ、よたよたしながら這いずり回っている。下手人がじわりじわりとにじり寄る。


「きっ…貴様!!私に…私に何の恨みがあって…こんな狼藉を!!」


 しかし、姿の見えないその影は何も答えない。斬られたのは彼だけではない。彼の護衛も全員、事切れている。間違いない『奴』の手口である。その頃、屯所では…。


「起きろ、小梅!!『奴』が出たぞ!!…小梅?小梅サン!?」

「むにゃ…む~…すー…すー…」


 その頃の添島小梅。疲れがたまっており、すっかり夢の中。事態を察知した先輩から、ぶんぶんぶんぶんと揺さぶられるが起きる気配、全くなし。この場は小梅しか頼れないと言うのに!!


「起きろ!!あれだけお前が執着していた『復讐屋』が現れたんだぞ!?起きろ!!起きろ!!起ーきーろォアーーーーッ!!」

「先生…駄目です…みんなが見てます…」

「何の夢見てんだ!!こんちきしょうめがぁーーーー!?」


 …小梅は急いで現場に直行した。頭には2、3個こぶが出来ている。その速さたるや、まさに疾風の如し。先輩たちを置き去りにし、血痕を目印にして駆け抜ける。


 小梅が現場に辿り着くと、まだ役人は生きていた。…いや、わざと生かされていた。下手人は追手に背を向け、追い詰められるのを待っていた。


 そして目の前で…役人の首を刎ねた。

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