『中編』復讐屋・北崎弥右衛門
はた
第1章「道場師範・北崎弥右衛門」
第1節「安納新月流道場にて」
『胴ォーーーーっ!!』
「うわっ!!ま、参った!!」
「一本!!それまで!!」
時は戦国の世が明け、徳川の時代が訪れてからしばらく。所はお江戸の城下町の中央に構える小さな剣術道場。だが、道場は活気にあふれていた。今日も威勢のいい声がこだまする。
安納新月流(あのうしんげつりゅう)。創始者は不明だが、基本は後の先を旨とした流派で、受ける、捌く、斬る…の三連動作が基本の実戦向けの流派だった。
その昔、関ヶ原の合戦の際も、安納新月流の剣士が武勲を立て、その名を世に知らしめた。今では50を超える門下生を抱える道場である。だが、世はすでに泰平の最中。
今では実戦ではなく、心身の鍛錬のために広く知れ渡っている。活人剣の見本のような流派になっていた。
「いやあ、また更に腕を上げたね。小梅ちゃん」
「いえ!!私などまだまだです!!もっと…強くならないと」
「そ…そっか。まあ少しは体も労わると良いよ、うん」
岡っ引きの少女、添島小梅は今日も今日とて道場で汗を流していた。彼女は幼いころからこの道場に通っていた。最近になってめきめきと腕前が上達している。
女性ながら髪は短く(剣術には邪魔らしい)細眉に整った顔立ち。彼女なら良家にも嫁ぐことが出来るだろう。だが最近の彼女は鬼気迫るものがある。今日の稽古でも、
「なあ…小梅ちゃん。張り切り過ぎじゃないか?最近」
「そうだなぁ…何かあったのかな」
「次!!」
大人の男相手でも、今は彼女の相手は務まらない。これなら道場でも3本の指に数えてもいいだろう。だが、生き急いでいる感が見て取れる。これは危険と、周りは制するが…。
昼も回ろうとしているのに、食事もとらず竹刀を振っている。明らかに過剰だ。それを見かねたのは道場主・北崎弥右衛門。板の間に座り、全体の様子を見ていた。
弥右衛門は黒い縮れた髪に優しい目つき。とても道場主とは思えない穏やかな表情をしていた。背丈は並。豪傑とは程遠いが、どこか捉えどころのない空気を纏っている青年だ。
彼も小梅のオーバーワークを心配している。小梅は息荒く、手ぬぐいで汗をぬぐい、ようやく休憩した。そこで弥右衛門はどうしたものかとも思ったが、ついに話を切り出した。
「ねえ、何をそんなに焦っているんだい?小梅ちゃん」
「知らないんですか、先生?最近出回っている『復讐屋』の噂」
「ほう?復讐屋とな?」
復讐屋…。今、世間を騒がせている狂人である。時代を無視した斬殺事件を多数犯し、町人に不安を与えている。仲間内ではその強さは鬼神の如し…などと言われ、捜査もはかどっていない。
雇われ家業の岡っ引きだが、正義感が人一倍ある小梅は子供の頃に迷わず道場に入門した、剣術使いの岡っ引き少女という珍しい存在だ。だが、今回はその性格が危なっかしい。
「復讐なんて時代遅れです。私は許せません!!必ず…!!」
「ふーむ…仕方ない。じゃあ、ちょっと手合わせしようか」
口伝では多分、彼女は理解できないだろう。弥右衛門はこの手合わせで、彼女をどこまで諭せるか。師として正しい道を示したい。二人は相対し、静かに構えを取った。
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