最終決戦⑤
国を追放されるというのに、最後にしっかり見送りをされ、私とマーニ様は越境するに至りました。ブーツを脱ぎ、川の浅瀬を見極めて裸足で川を渡り終えて、渡り終えて振り返ってみれば、まだロマ神父もスケラ大公もオーディール騎士団長もその場にいて、ロマ神父なんて手をずっと振っていて、最後に手を振りかえして、私たちはその場を後にしました。
国境を超えた先には見果てぬ平野が広がっていて、だいぶ、長い旅路になりそうでした。
とはいえ、私たちにはロマ神父に渡された手荷物がある。
ロマ神父のことだから、必要なものを過剰に詰め込んでいるでしょうし、おそらく数週間は大丈夫でしょう。
私たちは黙々と平野を歩いていました。
その間、私はちょくちょく自身の手のひらを見つめることがありました。
オーディールが私達に立ち塞がってまで、言っていたことを思い返していたのです。
たとえ許されたのだとしても、この手は血に汚れている……。
私は気づけば、手のひらを見て立ち止まってしまっていた。
「どうしたの?」
気づいて、マーニ様が立ち止まって心配そうに私の顔を覗き込んでくださる。
「オーディールの、騎士団長が言っていたことを思い返してたんです」
「ああ……」
マーニ様が静かに頷いてくれるものですから、自然とマーニ様に内心を吐露していく。
もしかすると、私は初めて人生で弱音を吐いたのかもしれません。
「最後に糾弾してくれる人がいてくれてよかったかもしれませんね」
そうでなければ、逃げおおせた喜びにこの罪悪感を完全に忘れ去っていたかもしれないから。
「自由になったとしても、この手が汚れていることを私は忘れてはならない」
そう、それだけは絶対に私が背負わなければならない、重しなのでした。
「なら、僕がその手を繋ぐよ」
マーニ様が私の手を優しく包み込んでくださって。真っ直ぐにその澄んだ瞳で私を見つめてくださって。
この手の温もりに何度救われたのだろう。
私一人では、きっと罪の重さに耐えきれなかった。
「行こう」
マーニ様は、静かに、私の手を繋いだまま手を引いて先導してくださって、仮面舞踏会と今とで立場が反転してしまっていました。
「……ええ」
私は頷いて、また歩き出しました。
そうして、手を繋いで歩いていると、マーニ様が肩に紐をかけて運んでいる、ロマ神父から頂いた大きなカバンに目が自然と行った。
明らかに重そうで、時々マーニ様は紐をかけ直しては体勢を直している。お疲れになっていないだろうか。
「マーニ様、神父からもらった鞄重そうですけど、大丈夫ですか? 持ちましょうか?」
「ちょっと重いけど、ハティ怪我してるから」
マーニ様は遠慮してくださるが、そこまで重症というわけでもない。
「顔だけですよ。……じゃあ、かわりばんこに持ちましょうか」
きっとマーニ様はそう言えば喜んでくれるんじゃないかなと、私は期待していました。
マーニ様はいつも私に頼り切りより、私と支え合うことを望んでいるようでしたから。
「あ──、うん。そうしよっか。疲れたらお願い」
「ええ」
マーニ様が嬉しそうに頷くものでしたから、私はつい笑みをこぼしてしまいました。
「ふふ」
すると、不思議がったマーニ様が不審そうに『ん〜?』という顔をして。
「なんで笑うの?」
愛おしい人だな、と思って。
そう、素直に言ってしまってもいいのですけれど。
でも、案外、マーニ様は怒りん坊だから、言って怒らせてしまうかもしれない。
だから、これは秘密にしておこう。
そうして、お口を一文字に閉じ切った私にマーニ様は膨れて見せる。
「答えてよー!」
マーニ様は結局怒ってしまった。
でも、それが、マーニ様が怒ってくれるのが、どうしようもなく幸せで。
こんななんのしがらみもなく気安く話ができる今が本当に来るなんて思わなかった。
夢見た『いつか』は、もう夢じゃない。
「ふふふ」「ははは」
いつからか。
どちらからともなく、訳もなく笑みが溢れて。
私とマーニ様は、まだ見ぬ異国を二人して笑いながら、月夜の中歩くのでした。
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────
──
私たちの新天地を目指す旅は、思いの外温かな始まりでもって迎えられて。
本当にこれでいいのかなという困惑もありつつも、私とマーニ様は外の世界に一歩踏み出しました。
これから私とマーニ様はどうなるのだろうか。
そんなことは誰にも分からない。
まだ何も道先は分からないけれど。
きっと、マーニ様と二人なら大丈夫。
私は根拠もなくそう思いました。
そして、マーニ様もそう思ってくれていると信じながら、どこへとも知れぬ明日を二人手を繋いで目指すのでした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
はぁ……、我ながら俺は何をやっているんだと思う。
結局、追ってきたはいいものの、情に絆されて腕を鈍らせて、一撃喰らってしまって、王国騎士の誇りに無駄に傷をつけてしまった。
まあだが、俺のやるべきことはやれたのかもしれない。それは、決して俺のやりたいことではなかったかもしれないけれど。
アイツらは、アイツらが奪ってきただけの命を背負ってくれるだろうか。その重さを自覚して今後の人生を歩んでくれるだろうか。
分からない。アイツらは俺じゃない。
けど、アイツらなら分かってくれるんじゃないかと思う。
きっと。
──
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