騎士の帰還

 オーディールが、ハティとマーニ、二人との最後の決戦から、夜遅くもうあと少しで朝になるという頃になって自室に戻ると、部屋で待っていたミミングウェイ嬢は腰掛けていたベッドからガバッと立ち上がってオーディールを出迎えた。


「オーディールさん、おかえりなさい!! よかった、無事だったんですね!!」


 オーディールは面食らってしまって、肩をびくりと震わせてしまう。

 まさか、まだいるとは思わなかったのだ。

 仮面舞踏会から結構な時間が経っていたはずで、それを一睡もせず、待っていたのか……。帰っていても寝ていてもよかったのに。


「なぜ公爵令嬢様が俺の部屋で待っているのだ」


 驚かされた腹いせに、または照れ隠しに、嫌味ったらしい科白を吐くと、当のお嬢さんは憤慨した。


「いや、心配してたのに、その言い草は酷くないですか!」

「別に、こうして帰ってきただろう」


 気にも留めずに、オーディールはお嬢さんに背を向けてヘルムを外し防具や肌着を脱いで新しい肌着へと、その上から下履きへと着替えていく。本来ならば、さっさと全裸にでもなって疲れ果てた体を休ませるため寝具に倒れ込むところだが、お嬢さんの前ということで、きちんと衣服を身につける。

 ……お嬢さん、さっきまでそこのベッドに腰掛けていなかったか。

 オーディールは渋い顔をしてしまう。来客が来ることなんて想定していない。汗臭くはなかっただろうか。

 一応、着替えを見られていても気にしない(お嬢さんは生娘なのだろうから気にしろ!!)オーディールも自分からすれば年端の行かない20代のお嬢様に自身の体臭を嗅がれるということには、羞恥心があった。

 そんな、オーディールの内心などいざ知らず、ミミングウェイ嬢は捲し立てた。


「だって、あの国興しの英雄の子孫ですよ! 今じゃあ歴史書に神話の武神として書かれてる一騎当千のそんな英雄の子孫と戦ってきたんですからそりゃ心配しますよ! ……怪我ないですか」


 最後に、ミミングウェイ嬢は声をトーンダウンさせた。

 その最後のオーディールを心配する声は、本当に身を案じてくれていたと納得させるもので。仮に、体臭を嗅がれていたとしても、こいつならいいか、と、オーディールは一種の諦観を胸に抱いた。

 案外心地のいい諦めの境地だった。


「そりゃどうも。俺は平気だが……王国騎士の象徴たるこのヘルムに切り傷を負ってしまった」


 そして、手に取ってミミングウェイ嬢に見せたヘルムは左目の部分が抉れていた。

 アマビリスを模した王国騎士の誇りである狼のヘルム。

 ミミングウェイ嬢は、そのヘルムを覗き込んで、息を呑んだ。


「片目のとこだけばっくり抉れてますね……。それもカッコいいと思いますよ」


 そして、頓珍漢なことを言う。

 なぜ、ここでカッコいいという言葉が出るんだ……。

 まあ、その言葉自体、オーディールも悪い気はしないのだが。


「そうか? まあ、お前がそう言うなら戒めに使い続けるか……」


 ヘルムを、鎧立てに立てかける。

 持ち主の代わりに傷を負った王国騎士の誇りは、それでもなお鎧立ての上で窓から差し込む月光に鈍く輝いていた。

 オーディールの無事が確認できたことで、話が銀狼と王子のものへと移る。


「二人はどうなったんです?」

「敵役を倒し、二人は国外に逃げ出しましたとさ。めでたしめでたし」

「ああ、よかった」


 オーディールが堅物な人となりに見合わず芝居がかった口調で事の顛末を口にするとミミングウェイ嬢は、再度、胸を撫で下ろした。

 オーディールはそれを見て、少し、ほんの少しだけ、自分に向けられていたものが取られてしまったような、そんな嫉妬のようなものを覚えた。眉間に皺を寄せる。


「あいつらの心配と俺の心配どっちをしてるんだお前は」

「どっちもに決まってるでしょう!?」


 ミミングウェイ嬢は食い気味で、当然のように言ってのける。


「お人よしめ」


 オーディールは呆れて、やれやれと腰に手をつく、が、まあ、そういう奴だよなと思ってしまえば、悪い気はしなかった。

 そうだ、こいつはどっち『か』じゃなくてどっち『も』を選ぶ奴だよな……。

 そう勝手に内心納得していると、ミミングウェイ嬢は拗ねたように口を尖らせた。


「貴方に言われたくはないです」

「なんのことだ?」


 心当たりがないオーディールは、キョトンとしていたが、そんなオーディールに対して、私には分かっていますよ、とミミングウェイ嬢はほくそ笑んでみせた。


「だって本当は、敵役を買って出て行ってあげたんでしょう? 公爵達が彼らを諦めるように」


 どうやら、このお嬢さんには全てお見通しなのらしい。

 オーディールは心の中で嘆息吐いて、全部洗いざらい白状することにした。


「さあな、殺す気ではあったさ。勝てたらな」


 勝てなかったけれど。そう言って肩をすくめて見せる。

 話を続ける。


「俺は自分の槍に正義を委ねただけだ、結局武人である俺にはそれしかできん。頭の回るお前とスケラ大公と違ってな」


 賢い人間ならば、アレ以外の解決の仕方もできたのだろう。

 実際、駆けつけたスケラ大公は、あの場で追放という審判を下すことで、オーディールすらも納得させてみせたのだから。

 けれど、オーディールにはそんな器用なことできるはずもなかった。

 この男、武術以外は全くの門外漢である。


「俺は軽々しく愛で誤魔化すのは嫌だっただけだし、あいつらにきちんと自分の罪を背負って欲しかった。それだけだ」


 たとえ、可哀想な奴らだったとしても、目の前のお嬢さんのように他に助けを求めず、自分たちだけで解決しようとしたのだから。その分の罪はあるはずで。

 せめて、その分だけは自覚してもらいたかったのだ。


「必要があったかはわからん。公爵達も王城でのキスに呆気に取られていたからな」


 余計なお節介ではあったのだろう。

 あの場でスケラ大公に一喝入れられた公爵どもが国外にまで手を伸ばして、革命の芽を潰そうとまでするとは到底思えなかったが、念には念を入れて、だ。

 話を聞き終えて、ミミングウェイ嬢も頷いた。


「……そうですね、でも一つだけわかることがありますよ」

「?」


 オーディールには一切皆目見当がつかなかった。

 そんな鈍いオーディールに、ミミングウェイ嬢は微笑んでみせた。


「きっとこの国では『落陽王』とは別のまた新しい戯曲が流行りますよ」


 それは、ちょっとした未来の予言だった。

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