最終決戦④
私の剣が確かに狼のヘルムを切り上げ、槍がその手から離れ宙を舞い地面に深々と刺さるのを横目で見届けた後、私は片膝を着くオーディールへと剣を突きつけました。
「これで王手です」
私の勝ちでした。
宣言しながら、頬を手で拭う。血がぬるりと滴って、今になって痛みを遅れて知覚する。
致命傷ではないだけ、御の字だった。
私は、戦闘の極度の緊張からは解放されながらも、油断はせず、剣を突きつけたまま、肩で息をする。肺が爆発しそうで、頬が痛くて、でも生きている。
マーニ様の一緒に生きようという言葉すら裏切って、勝つために死を覚悟したというのに。
そう、本来は私は死んでいたはずでした。
「最後、槍に迷いがありましたね。それがなければ私が負けていました」
確かに、騎士団長はマーニ様の声に反応していた。
その一瞬の体の強張りが、勝敗を分け、更には、私の死すらも遠ざけた。
「…………わかるか」
「ええ、貴方と戦うの2回目ですから」
「……そうだな」
オーディールは力無く頷いた。
「本当に殺す気だった。
……だがまあ、そう、迷いはあったんだろうな」
そして、オーディールは私たちに頭を下げたのです。
私は、突拍子もないその行動に思わず目を大きくして驚いてしまいました。見れば、マーニ様も驚いている。
この男が頭を下げること。
その理由が私にもマーニ様にも思い当たらなかったのです。
「……お前たちを守ってやれなくてすまなかった。お前たちもまた俺が守るべき市民だったのにな。俺がお前たちの手を汚させたようなものだ」
続く言葉は自身を叱責するもので。けれど、そんなものは人の身に余る。どんなに目の前のオーディールが王国騎士の職務に熱心であろうと、国のその全てを守ることができるわけもない。
「あなたが悪いわけでは──」
私が、言おうとしたことを察したのか、オーディールは手で制して、遮った。そして、首を横に振る。
「いや、いいんだ。俺もダメだな」
そして、オーディールは立ち上がって、地面に突いていた膝を払った。
そして、喋り出す。
どうにももう戦う気はなさそうなので、私も剣を鞘にしまって、話を聞き入った。謝られた以上は、殺す気はもう起きなかったのです。
「俺はこの国で一番強い、はずの男だった。
その男が敵わなかった。
そんな相手に流石の公爵どもも国を出てまで暗殺者を差し向けることもないだろう。しかも、かつての王城まで侵入してきて同性愛者宣言までして王になるつもりはないと宣言しキスまでかました馬鹿ども相手にな」
そこで、一度、オーディールは肩をすくめてみせた。
マーニ様がたじろぐ気配がして、後ろを見れば、マーニ様が恥ずかしそうに俯いていた。気にしていらっしゃるのらしい。私はマーニ様は自分のものだと見せつけられて気分よかったのですけどね。
私が、オーディールへと視線を戻すとオーディールは続けた。
「それに見方を変えればお前達は革命を未然に防いだとも言える。多くの事件に関与していない無辜の民草が血を流さずに済んだ、それもまた確かにお前達の功績だ」
…………。
つまり、何が言いたい?
オーディールは、私とマーニ様をとっ捕まえに来たはずだったのでは? と思っていると、ようやくオーディールは結論を話した。
「そして、お前達を止めに来た俺も、結局、迷いの前に敗れた。それが答えだろう。
──どこへでも行け、お前らはもう自由だ」
それは見逃してやると言っているもので。
「いいんですか……?」
私の問いには答えず、オーディールは私の横を通り過ぎて、地面に手を伸ばすと何かを拾い上げた。
その手に握られていたのは。先ほどの戦闘で千切れ飛んだ私の三つ編みでした。
「公には、そうだな……。ちょうどいい。お前の千切れた髪の一房を持って、犯人を処刑したことにしよう」
そう言って、私に私の三つ編みを見せびらかす。
「髪は、命のようなものだろう?」
そして、またも肩をすくめてみせた。
どうやら、私たちのしでかしたことの後始末を担ってくれるつもりのようでした。
私とマーニ様がなんとお礼を言っていいものか、戸惑っていると──。
「おーいおーい」
どこからか声がして、声の方へ目を向けると馬車がこちらに向けて走ってきていました。
馬車の窓からこちらに手を振ってるのは、紫と白の鱗で、モノクルの陰険そうな顔つきの竜人──ロマ神父と、燃える太陽のような黄金の毛束の狼──スケラ大公でした。
「スケラ大公……、ロマ神父……」
どうしてここに……、と、おそらく私以外のマーニ様もオーディールも思っていたことでしょう。
あっけに取られる私たち三人の前で、馬車は止まり、スケラ大公がよっと馬車から飛び降りた。老齢のはずだが、スケラ大公もおそらく狼血の遠縁に当たるもの。身軽なのでしょう。
「間におうたな」
「全然、間に合ってないでしょう! 明らかに、もう一戦やり終わった後でしょうに!」
スケラ大公に続けて馬車から降りたロマ神父がスケラ大公の揚げ足を取る。が、スケラ大公はコホンと咳払いをして流した。
そして、スケラ大公は凛と声を張り上げた。
「スケラ・ヴェローナの名において審判を下そう。マーニ・コルネリウス、その護衛騎士ハティ両者二名を追放の刑と処す」
追放。
それは言ってしまえば、罰なのですが、もとより私とマーニ様はコルネリウスの宿痾を終わらせるために国を出るつもりでしたから、なんら罰にもなっておりませんでした。
ですが、きっと、そう宣言すること自体に意味があるのでしょう。
「……オーディールよ、これでお主も構わんな」
「ええ」
オーディールは納得したように頷いた。
そう、罰されてしまえば、これ以上この騎士は手出しができないのだ。もう、する気もないのでしょうが。
そして、本来、私に下されるべき罪刑は追放なんてもので済むものではなく、いろんな事情を鑑みた上でも死罪が相当のものであるべきで。
私とマーニ様はスケラ大公、そしてオーディールに礼をして頭を下げた。
「スケラ大公、慈悲深い判決、感謝致します」
「私には、このくらいしかしてやれぬ」
スケラ大公は静かに首を振って、顔を伏せた。オーディールはそっぽを向いて「気にするな」と、手をひらひらとさせていた。
それでも、やはりこれだけの温情をかけてくれたことに、感謝しないわけにはいかない。
こうして、スケラ大公とのやり取りを終えるとロマ神父が今度は自分の番と身を乗り出した。
気づけば、ロマ神父は何やら大荷物で、いくつかカバンを肩にかけ、更には大きな鞄を両手に抱えている。そして、マーニ様に向かって大きなカバンからあるものを取り出して、差し出した。
「馬車の通りがかりに乗せてもらったんですけど、会えてよかった。はい、国を出ると聞きましてね」
それは、マーニ様がコルネリウスの領地を捨ててからも屋敷で読んでいた御本でした。そして、それはソール様からいただいた大切な戯曲集で。
「あ、兄様の……」
そう言って、マーニ様は胸にその本たちをギュウッと抱きしめました。
「大事な御本でしょう? 王国騎士が警備する中、屋敷に忍び込んで取ってきたんです。感謝してくださいよね?」
「ありがとうございます……。本当に、助かります」
どうやらマーニ様の思い出の代物を屋敷に取りに行ってくださっていたようで。ロマ神父はお節介が過ぎるところがありますが、この場においては流石によくやったと言わざるを得ませんでした。口には出しませんけども。
「貴方はハティと違って素直に感謝するところがいいですね」
ロマ神父は、マーニ様に感謝されて上機嫌でした。
私は絶対に感謝の言葉は口にしません。口にしたら最後つけ上がって更に世話を焼こうとするので。
「そうそう、これも持ってきなさい。いろいろひつようなもの全部詰め込みましたから。ほら、その御本もカバンにしまってしまいなさい」
「わぁ、すごい。ありがとうございます──って重い!!」
マーニ様が予想以上のカバンの重さにびっくりして取り落としそうになりながらも慌てて太ももの上に乗っけながら抱え直すと、ロマ神父は満足そうに頷きました。
「さて」
グリンと神父が私に顔を向けたので、私は「うわ」と声が出てしまいました。次の世話焼きのターゲットは明らかに私でした。
私、実は、ロマ神父が苦手なんですよね……。いや、悪い人じゃないんですよ? ただ、その、善意を全力で押し付けてくるので……。いや、大体、本当に有り難くて助かるんですけどね?
ロマ神父は手をワキワキとさせながら私の具合を見て回る。見て回りながら、口うるさく小言を言うのでした。
「ああもう、ハティせっかく綺麗な顔怪我して!! 傷残ったらどうするんです!! こういうこともあろうかと、よく効く軟膏や包帯持ってきてよかった……って、髪まで切れちゃって!! もう!! 座りなさい!! 整えてあげますから!!」
ほら! どうやら私はこの場でロマ神父の気が済むまで世話される羽目になりそうでした。あのマーニ様に手渡した大きなカバン以外の肩にかけたカバンには色々と世話焼き道具セットが入っているようです。包帯やら軟膏やら、挙げ句の果てに梳き鋏まで出てくる始末。用意よすぎでしょうに……。
まあ、ロマ神父はそういう人なので、ここまで用意してくるのは不思議でもなんでもない。
ただ、私はこれから流刑の身に落ちるわけなのですが……。
一応、口にしてみる。
「神父、私、これから追放されるのですが……」
「だまらっしゃい!! それぐらいの猶予はあるでしょうが!! ですよね!? 大公閣下!!」
「う、うむ……」
ロマ神父の有無を言わさない剣幕に、急に矛先を向けられたスケラ大公も気圧されている。
あ、国の君主にも通用するんですね。この人……。
この時点で逃げ道はないことを私は悟りました。
ロマ神父は、片手に軟膏、片手に梳き鋏を手に持って私にグイグイ詰め寄ってくる。
「そういうわけなので!! 黙って世話されなさい!!」
「あ、はい……」
どうにも選択肢はないようなので、私は神父のご厚意に甘えることにしたのでした。
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