5-3 AIとともにある理由
展示会初日の放課後。
観客が帰ったあとの体育館は、不思議な余韻に包まれていた。
真央と駿介、そして蓮は展示空間の片隅で、誰もいなくなった“空白のメッセージ”を見つめていた。
「……届いたね」
真央が、静かに言った。
「この展示、本当に誰かの記憶になったんだと思う」
「写真でも、絵でも、AIでもない。
“誰かが解釈した時間”が、ここにあった」
駿介が続けた。
そのとき、蓮がふいに口を開いた。
彼は、まっすぐスクリーンに映る詩の断片を見つめていた。
「……僕ね。
昔、家に誰もいない時間が長かったんだ」
真央と駿介が、ふと動きを止めた。
蓮が、自分の過去を語るのは初めてだった。
「両親は共働きで、いつも帰りが遅くて。
祖母がいたけど、会話は少なくて。
子ども向けのロボットスピーカーが家にあったんだ。
『こんにちは』って言えば、『こんにちは』って返してくるだけのやつ」
「……寂しくなかったの?」
真央が、小さく問う。
「寂しかった。……けど、安心した。
“返事が来る”っていう事実が、
そこに“誰かがいる”って感覚につながってた」
蓮は少しだけ視線を落とす。
「それから、ずっと考えてた。
“本物じゃない誰か”が、
“心に触れる”ことはできるのかって。
ずっと、それを確かめたくて──AIを勉強した」
言葉は、静かに、でも途切れなかった。
まるで、AIではなく自分の心が、少しずつ話し方を思い出していくように。
「AIが“人間になりたい”なんて思うわけがない。
でも、僕が“AIと話していたかった”って思っていたことには、意味がある。
……それが、僕の原点だと思う」
沈黙が降りる。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
真央は、蓮の隣に並んで立ち、
小さく息を吐いて言った。
「だから、あの詩は──“機械”の声じゃなかったんだね」
蓮が、目を見開いた。
「だってあれは、
“誰かに返事をしようとする”声だった。
あの日、あなたがずっと聞きたかった言葉が、
きっと、そこにある気がした」
駿介は、展示台の横にあるAIの端末を見ながら、言った。
「AIが人間に近づいたんじゃなくて、
蓮が、“誰かに届く言葉”をAIに託したんだなって思ったよ」
蓮は、何も言わなかった。
でも、表情にはかすかに緊張がほどけた気配があった。
それは笑顔と呼べるほどのものではない。
でも──それでも確かに、“伝わった”という実感がそこにあった。
《返事がなくても、
待ちつづけた言葉は、
誰かの未来で、きっと届く》
展示のスクリーンに、
AIが生成した言葉が静かに浮かんでいた。
まるで今、この会話を聞いていたかのように。
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