4-3 詩を話す機械
プロトタイプは、あまりにも静かに喋った。
放課後、合同制作チームの一部が集まる仮設の展示準備室。
天野蓮のノートPCと接続されたスピーカーから、微かに電子ノイズを含んだ音声が流れる。
《風は透明なページをめくる
あなたが書かなかった言葉が
いちばん長く、そこに残る》
誰かが、息を飲んだ音がした。
「……今の、AIの詩?」
真央が声を潜めて言う。
「うん。蓮が作ったモデル、“詩的応答モード”。
入力された画像と線の情報から、最適な詩を生成する」
駿介が補足するが、その声にもどこか戸惑いが混ざっていた。
「まって、これ……」
西野が、白紙のキャンバスを手に立ち上がる。
「私が描きかけた“空白の絵”にAIが反応して出した詩なんだよね?
でも、私、さっき言ったよ。“この空白は言い訳じゃない”って。
それ……ちゃんと、伝わってる気がする」
「AIは“読み取った”んじゃなく、“感じた”の?」
佐久間が苦笑いしながらも、少し真剣な声で言った。
「いや、そんなわけない。これはただの出力パターンだよ。“詩的に聞こえる文章を条件に合わせて整えてる”だけで──」
「でも」
蓮が、ゆっくりと口を開いた。
「“整えてる”だけの言葉が、誰かの心に残ったら……
それは、“詩”なんじゃないか」
部屋に沈黙が落ちた。
言葉はただの記号か、感情の器か。
機械が選んだ言葉が、人の感情を動かしたとき、それは誰の言葉になるのか。
「……私、ちょっと、泣きそうになった」
真央がぽつりとつぶやいた。
「“書かなかった言葉が、いちばん長く残る”って──
ずっと描けなかった絵のこと、言われた気がして」
「俺も、少しだけ……思い出した。
昔、撮れなかった写真があって。
あの時の空の色とか、言葉にできなかった気持ちとか……
今日、それがちょっとだけ“見えた”気がした」
駿介の声は、どこか震えていた。
蓮は、手元のノートPCを見つめたまま、小さくつぶやいた。
「この言葉は、僕が書いたわけじゃない。
でも、僕が作ったものが、これを“言った”。
だからきっと、これは……僕の一部でもある」
詩を話す機械。
心を持たないはずの存在が、誰かの“心の奥”に触れた。
その言葉の起源は、コードとデータの海の中にある。
けれど、意味が宿った場所は、間違いなく“人間の側”だった。
その日、部員たちの間にはひとつの確信が生まれた。
“伝える”とは、ただの技術ではない。
受け取った誰かが“感じた”瞬間に、それは命になる。
AIが詩を話した日。
人と機械のあいだに、ひとつの“問い”が静かに灯った。
この言葉は、誰のものだろう。
そして──誰に届くのだろう。
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