🔹第4章:交差する視線

4-1 共同制作、始動

 アイデアが形になる瞬間には、いつも少しだけ“ぎこちなさ”がある。


 校内の空き教室を一つ借りて、三部合同の制作準備室が設けられた。

 長机の上には、絵の具とカメラとノートPCが並び、そこにはまるで違う種類の呼吸が混在していた。


 「……まず、やってみるしかないよね」

 結城駿介が、苦笑混じりに言った。

 「理論じゃなくて、感覚で」


 「試行錯誤は、データにも価値があります」

 天野蓮が、小さくうなずいた。

 その目は、すでに端末の中で動き出す生成AIのアルゴリズムに向けられていた。


 「じゃあ、私は“余白”を描く」

 斉藤真央は、手を動かしながら呟いた。

 「誰かが何かを“感じ取る場所”を、あえて描かずに残す」


 駿介はカメラを構え、窓の外を見た。

 「俺は、“曖昧な瞬間”を撮る。明確なストーリーがない場面。誰かが振り向く途中とか、手がすれ違う瞬間とか──意味の境界にあるもの」


 蓮は、真央と駿介の言葉をデータ端末に打ち込みながら、静かに言った。


 「僕のAIは、それらを“触媒”として動かす。

 手描きの線と、写真のレイヤーを読み取り、それに観客の選択が加わったとき──“変化する意味”を提示できるよう設計する」


 「意味が、変化する?」


 「うん。“正解”を提示するアートじゃなくて、“揺れる解釈”のアート。

 見るたびに違って見える。

 “観る人の状態”によって完成する作品」


 教室の空気が、すこしだけ変わった気がした。

 誰もが、それが簡単ではないとわかっていた。

 でも同時に、誰もが“やってみたい”と思っていた。


 「これってさ」

 駿介がふと口にする。

 「“アート”ってより、“問い”を作ってるって感覚だよな」


 「うん。でも、それが私たちの答えかもしれない」

 真央は、にじみのある色を一筆キャンバスにのせた。

 「“わからなさ”を、形にする」


 窓の外、春の風が桜の花を揺らしていた。

 カメラがその瞬間を捉える。

 その横で、蓮のAIが、風というデータを意味に変換していく。


 世界は、固定されていない。

 この作品もまた、“揺れること”こそが本質なのだ。


 放課後の教室に、誰かが鼻歌を歌うような静けさが漂っていた。

 共同制作の第一日。

 まだ何も完成していないけれど──すでに何かが始まっていた。

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