3-4 言葉にならない会議
美術室の中央に、長机を三つ並べて輪を作った。
集まったのは、美術部、写真部、AIアート部の代表と副部長数名。
放課後の柔らかな西陽が、ガラス越しに机をゆっくり照らしていた。
誰も、最初に口を開こうとしなかった。
それぞれが、それぞれの想いと立場を抱えていた。
“何をどう話せばいいのか”──その問いが、部屋に充満していた。
「……じゃあ、始めましょうか」
結城駿介の声が、その空気を割った。
彼はカメラバッグを机の横に置き、静かに続けた。
「合同制作の話。テーマとか、スタイルとか、まず“可能性”から共有しませんか」
「AIアート部としては、インタラクティブ展示が最も実現性があります」
天野蓮が、データ端末を開きながら言った。
「観客の反応を読み取り、提示するイメージを変化させる──“参加型の芸術”の方向で進めたい」
「つまり、“反応によって意味が変わるアート”……ってことですよね?」
美術部の西野が確認するように言う。
「でも、それって“自分で感じ取る”っていうより、“誘導される”感覚になりませんか?」
「それ、前も議論になったね」
駿介が頷く。
「“受動的な鑑賞”を越えたいんだよね、俺たちとしては」
真央は、そっと声を挟んだ。
「……“見る”って、受け取ることだけじゃない。
自分の中で“何かに変換する”時間も、アート体験の一部だと思うんです」
その言葉に、蓮のまなざしが静かに向けられた。
目は合わなかったけれど、言葉の行き先を真剣に聴いているのがわかった。
「だったら」
蓮がゆっくり言った。
「AIが“問い”だけを提示し、観客が“意味”を選ぶ構造はどうですか?」
「問い、だけ?」
「はい。たとえば、AIは“にじんだ記憶”という曖昧な概念を提示する。
それに対して、観客が写真を選び、絵に触れ、そこから自分なりの意味を編み出す。
僕らは、意味を“提供”するんじゃなく、“生まれる空間”を設計する」
誰もすぐには返事ができなかった。
でも、その静寂は“拒絶”ではなかった。
むしろ、深く響いた提案に言葉が追いついていないという空気だった。
「それって、逆に面白いかも」
駿介が口を開いた。
「ピントをぼかす。明確なストーリーを語らない。
でも、“何かが残る”仕組みをつくる……ってことだよね」
真央は、筆記用具を持ったまま、そっと呟いた。
「……それ、絵にもできそう。
にじみや曖昧な線で、“誰かの記憶に触れる”っていうテーマで」
佐久間が、感心したように肩をすくめた。
「意外と……やれそうだな、これ」
誰もが、はっきりとした答えを持っていたわけではない。
ただ、“問い”の輪郭だけが、机の上にぼんやりと浮かんでいた。
それで、十分だった。
言葉は、足りなかった。
けれど、共有された沈黙こそが、いまのこの合同チームにとっての第一歩だった。
このとき、誰もはっきりとは気づいていなかったが、
この日を境に、三つの部活は“ひとつの作品”を作りはじめていた。
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