2-4 境界線

 視線の交差する空間は、いつもより空気が重かった。


 放課後、視聴覚室の一角。校内企画委員会の提案で、美術部・写真部・AIアート部の合同ミーティングが開かれていた。

 その名目は、「次回校内展示の調整と交流」──けれど、実質的には、火種の火元を“話し合い”で消火する場でもあった。


 斉藤真央は、美術部の代表として参加していた。

 隣には結城駿介。写真部の部長として、終始冷静な面持ちを崩していない。

 正面の席には、天野蓮。その顔には、感情の起伏がほとんど見られない。


 「まず確認ですが」

 AIアート部の佐久間が口を開いた。

 「校内展示での展示スペースの件、去年よりもAIアート部が拡張申請を出しています。これは……“注目度”と“来場者の誘導効率”を考えての提案です」


 「誘導効率……?」

 真央の声に、わずかに棘が混ざった。


 「それって、アートとして大事なことなんですか?」


 「来場者の動線は、作品体験に関わる要素です」

 蓮が答える。まるで数式のように整った声だった。

 「無駄なく、最適な順番で作品を見せることで、より強く印象を残せる。僕たちの展示では、コンシェルジュAIがそれを実現します」


 「でも、“効率”で人の感情は動かないでしょ」

 今度は駿介が口を開いた。

 「風が吹くタイミングも、写真に映る偶然も、計算できないからこそ記憶に残る。それって、AIに再現できるの?」


 一瞬の沈黙。

 蓮はその言葉に動じた様子もなく、ただ言った。


 「AIは再現“しようとしている”。それを恐れているのは、あなたたちではないですか?」


 空気が、わずかに凍りついた。


 真央は息を吸って、言葉を選んだ。


 「確かに、AIの技術はすごい。展示を見て、正直に言えば、私たちも焦った。でも、だからこそ、自分たちにしかできないことを考えてきた」


 「偶然を受け入れる表現。

 手で描く意味。

 誰かの記憶に触れるための余白。

 それって、数字じゃ測れないんです」


 蓮は真央の言葉をじっと聞いていた。

 その眼差しには、どこか“探るような静けさ”があった。


 「それでも僕は、AIで“心が動く瞬間”を作れると信じている」

 「なら──競えばいい」

 駿介が言った。

 「展示は一つの答えじゃない。いくつもある“問い”の形なんだから」


 誰もが、互いに歩み寄る余地を探していた。

 けれど、その場にはまだ“線”があった。


 美術と写真、技術と感性、手とコード。

 それらを隔てる目に見えない境界線が、静かに横たわっていた。


 会議は一旦の合意を得て、形式的には終了となった。

 展示スペースは“平等に分配”、共催テーマは“解釈の自由”とする──。

 だがその夜、それぞれの心には火種が残ったままだった。


 真央は思う。

 あの視線の奥にあったものは、対立だったのか、それとも──同じ問いへの執着だったのか。


 蓮もまた、心の片隅に残った真央の言葉を反芻していた。

 「誰かの記憶に触れるための余白」──それは、彼のAIにはまだない概念だった。


 そして駿介は、境界線の向こう側に立つ二人を見つめながら、自分の“まなざし”の意味を問い直していた。


 この線は、越えるべきものなのか。

 それとも、見つめ続けるべき距離なのか──。


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