1-3 眼差しの行方

 シャッターを切った瞬間の静けさが好きだった。

 音はしているのに、その一瞬だけ世界が止まるような、あの無音の時間。


 放課後の光が、廊下に差し込む。

 写真部部長・結城駿介は、カメラの液晶を確認しながら、小さく息を吐いた。

 画面の中には、窓辺に立つ後輩が、逆光の中でまばたきをした瞬間が映っていた。


 「駿介先輩、それ……いいですね」

 後輩の今井が、覗き込むようにして言った。

 「こういうの、AIでできるんですかね」


 その言葉に、駿介は少し間を置いてから答えた。

 「できるよ。もっと綺麗に、もっと“完璧”に」


 生成AIが描く写真──もとい、画像。

 ノイズのない空、歪みのない光、角度までも最適化された人物の構図。

 数値で測れる「美しさ」は、もう人間の手では太刀打ちできないレベルに達していた。


 先週行われたAIアート部の展示では、「現実にない風景」の中に人間が立つという、圧倒的なビジュアルが並んでいた。

 それを観たとき、写真部のメンバーは口には出さなかったが、確かに全員が感じていた。


 (これは、敵わないかもしれない)


 「でも、あの写真……先輩のやつ、なんかちょっと、いいなって思ったんですよ」


 今井がぽつりと言った。

 「窓の反射で顔ちょっと暗くなってるし、髪もぼさってしてるけど……なんか、見てると時間止まる感じがして」


 その言葉に、駿介は少し驚いた。

 自分がその瞬間を選んだ理由が、うまく言語化された気がしたからだ。


 「AIは、未来を計算する。でも写真は、偶然を拾う」

 ふと、自分の中からそんな言葉が出てきた。

 「……完璧じゃない“今”を、残すものなんだと思う」


 今井は、なるほど、と小さく頷いた。

 「でも、学校の展示、次はどんなテーマにします?」


 駿介は、少し考えてから言った。

 「“今のかけら”とか、どうかな」


 その言葉を口にしたあと、彼は自分の中にも小さな変化があったことに気づいた。

 たしかにAIは完璧かもしれない。けれど、それでも写真が残るのは、

 そこに「人の眼差し」があるからだ。


 シャッターを切る人間が、その瞬間、誰かを、何かを、確かに見ていたという証明。

 その眼差しだけは、誰にも生成できない。


 放課後の光はもう傾きはじめ、窓の向こうで風が木の葉を揺らしていた。

 駿介はもう一度、カメラを構えた。


 今を、切り取るために。

 そして、たとえそれが不完全でも、誰かの記憶になるなら意味があると信じて。


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