🔹第1章:技術の波と新しい挑戦
1-1 AIアート部、始動
昼休みの終わりを告げるチャイムが、白く乾いた音で教室に響いた。
斉藤真央は、窓辺の席からそっと視線を外す。外は晴れていた。雲が一枚もない、機械みたいに整った空。
けれど彼女の胸の内には、昨日からずっと引っかかっている“何か”が、うまく形を取らないまま残っていた。
「……AIアート部、見た?」
机の向かいから、美術部の後輩・西野が話しかけてきた。
真央は一瞬、聞き返そうとしたが、すぐに思い出す。昼前に開かれたばかりの校内展示。それが「AIアート部」の初お披露目だった。
「うん。……少しだけ」
「少しだけで、あれだけ衝撃だったってことですか? やばくないっすか、あの完成度」
美術室の奥にあるサブホール。そこで、生成AIによって構成された一連のアート展示が公開されていた。
人物画、風景、抽象──どれも「人が描いた」と言われても信じてしまいそうなほど、精密で、綺麗で、統一感があって。
それでいて、展示室の中に足を踏み入れた瞬間、天井のカメラが自動で顔認識し、「あなたに最適な作品はこちらです」と案内してくれる。
その動線までが滑らかで、まるで観客の思考の先を読んでいるようだった。
……だが。
“綺麗すぎる”と感じた。
それが、真央の正直な感想だった。
作品を見終えたあと、心に何も残らなかった。
誰かの手の震えも、迷いも、執着も──“描いた人間の気配”が、どこにもなかった。
(でも、それってただの感情論なんじゃないか)
そんな自問も、頭をかすめる。
AIアート部は、既存の技術を組み合わせ、独自に学習モデルを微調整していた。メンバーには、工学系志望の生徒も多く、噂によれば美術部出身の子もいたらしい。
真央は展示の中央にあった、一枚の「顔のない肖像画」が気になっていた。
AIが描いたはずなのに、その目はどこか虚ろで、人間の悲しみのようなものが宿っていた。
あれだけは──少し、怖かった。
「でもさあ」
西野が続ける。
「これから、うちらもAI使ったほうがいいんじゃないっすか? 手で描くの、もう非効率って言われてるし」
その言葉に、真央は答えなかった。
ただ静かに、美術室の窓に目を向ける。
窓ガラスに映るのは、静かに燃える午後の光。ペンのキャップを外す手。画用紙の端が風でめくれる音。
──それらすべてが、彼女にとって「作品を描く時間」の一部だった。
そこに、効率はなかった。
けれど、それがあったからこそ、描けた線があると思っている。
チャイムが再び鳴る。
午後の授業が始まる。
その前に、真央はもう一度、ホールに足を運ぼうと決めた。あの「顔のない肖像画」に、もう一度だけ会いたかった。
――誰が描いたのかもわからないその絵に、なぜか、自分の問いが映っているような気がして。
世界は、いま、音もなく変わっている。
技術の波は、私たちの感性のすぐそばまで来ている。
気づかぬうちに、足元まで──。
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