本題を忘れるところであった。


 鳴海は今、「サキュバスシーシャバーとは何か」について、

深く精査している途中なのだ。

 しかし、分解して考えたら思った以上にその全貌がつかめてきたような気がする。

 間もなくして、リリィはスマホの画面をこちらへと突き出してきた。

 さも自慢げに。


 さて答え合わせだ。

 画面には、例の店のサイトが映し出されている。

 「ここに行きたいっ!」ということだろう。聞かなくてもわかった。

 画面には、きわどい恰好をしたお姉さんたちとともに

店のコンセプトまでもが書かれている。


見ると、なるほど彼が思い浮かべていたものとほとんど差はないようだ。

 「サキュバス」が接客をしてくれる、「シーシャ」も吸える「バー」

 これが「サキュバスシーシャバー」の正体である。

 気になるのは、給仕をしてくれる女性たちは本物の淫魔かどうかというところ。

まあ、違うのだろうと鳴海は思う。

 リリィは決して、先輩方に会いに行きたいわけではなくて、

もっと他の目的があってここに行きたいのだ。

それは何か、聞くことにした。


「ベンキョーよ!」

「勉強!?」

「そう! お店に行って、この世界のサキュバス観をアップデートするの!」


 鳴海はますます混乱する。

 天下のガチサキュバス様が、コスプレイヤーたちに何を教わるというのだ。

 いくら留学といえども迷走しているのではないだろうか。

 近頃このような突飛な言動が増えてきて、なかなかに困ってしまう鳴海である。

 けれども鳴海はそんな彼女に思わず目をかけてやりたくなってしまうのだった。


 普段は得意げにプロフェッショナルを気取っているリリィだけれども、

その内に秘める焦燥に、鳴海は気づき始めていた。

 おそらく、この世界に来てからうまくいっていないのだろう。

 彼女から、男がらみの話を一つとして引き出せたためしがない。

 異性間の交渉なんてのは夢のまた夢。

 鳴海を除けば、まるっきり男の気配がしないリリィである。

 しかし一方で、そうなった理由は火を見るより明らかであった。


 現代日本において、ロリサキュバスは相性最悪なのである。

昨今どんどん規制が厳しくなり、司法も行政も国民も、子供が健全に育つ権利を守るために躍起になっている。そんな中に、思いっきり少女体型のサキュバスを放り込めばどうなることだろう。

 夜の街を歩けば補導され、手当たり次第に人に当たろうとも警戒され、思い切って不特定多数に募集をかけてみたなら警察の厄介になることは想像に容易い。

 そもそも子供に興奮する人間自体が少ないのである。

 鳴海のその考えは今の彼女を見ても変わらなかった。


 薄手のワンピース越しに見える細身で華奢な体つきも、まるまると大きく開かれた瞳も、エネルギーが有り余っているがゆえの自由奔放な身のこなしもすべてが彼女をロリータ然とさせている。

 シーシャバーの娘たちの方がまだチャーミングだ。これでもかと肌を露出させた

ボンテージ風衣装を着た女性の頭には、小さいが禍々しい角。

お約束通り、しっぽやコウモリ羽もこしらえられている。

 もちろん本物にだって同じものがついているし、鳴海はそれを見たこともある

けれども、たとえリリィが同じ服装をして、同じように悪魔の姿を顕現させたとしてはたしてお店のお姉さんとどちらが魅惑的かと聞かれたら、申し訳ないが誰もが後の方を選ぶに違いない。

 リリィが本気を出して迫って来たとして、せいぜいハロウィンの仮装した子がお菓子をもらいに来たとしか思われないだろう。

 それがロリサキュバスの限界だ。

 とまあこのようにして、鳴海はリリィを完全になめ腐っていたのだけれども、

彼はのちほど手痛いしっぺ返しを食らうことになるので、お楽しみに。


 とりあえず、リリィがサキュバスとして日本を生きてゆくためには

乗り越えなければいけない段階がたくさんあることは事実なのである。

 加えて、

先ほど彼女が取得を目指していた淫魔が異世界で生活するための在留資格。

その取得条件には、最低一人の異世界人とのが必須と定められている。

 正直必要な条件なのかと鳴海は疑うが、

魔界側の言い分では

「淫魔が肉体関係もなしに異世界を生き抜けるわけがない!」とのこと。

これには異世界とのジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。


 ともあれ、そろそろ鳴海も

あれこれ考えを巡らせている時間もなくなってきたようだ。

スマホの画面を見ながら難しい顔をしてその場をしのんでいたが、

とうとうリリィの催促を受けて、

このお店に行くのか、行かないのか、決断を迫られるのであった。


 ここまでで、十分情報は集まっていた。

 すなわちサキュバスシーシャバーというお店の業態は判明していて、

リリィは後学のためにそのお店に行ってみたくて、

今の彼女はコンセプトバーにすがるほど切羽詰まっているかもしれない

ということである。


 それらを踏まえて、鳴海の打ち出した結論は、

「……行くわけねえだろ」

であった。

 


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