第2話

 中学時代。俺の一挙手一投足は、学校じゅうから監視されていると言っても過言ではなかった。


 自分で言うのも何だが、スポーツ万能、成績は全教科トップ、ピアノや歌はプロ並み、絵画や書道はコンテストに出せばどれも金賞、挙句の果てに小説や俳句・短歌でも受賞歴があるのに偉ぶらず、温厚で品行方正、正義感にあふれ、弱い者いじめは決して許さず、生徒会長としてみんなをまとめ上げるスーパー完璧中学生だった俺は、そのイメージを外れる行動を取るわけにはいかなかったのだ。

 

 とにかく学校にいる間は0.000001秒も気が抜けなかった。


 授業は全教科、学習済みの俺にとっては退屈極まりなかったが、居眠りしそうになると尻を画鋲で刺し、背筋を真っすぐにして真面目そのものの態度を貫いた。

 体育や音楽の時間は一切のミスはできず、これ以上ないくらいに神経を研ぎ澄ました。給食も息が抜けない。みんなの見本となる美しい食べ方をしなければならず、何を食べても味がしなかった。


 放課後も逃げ場はない。生徒会では会長として事務処理はもちろん、さまざまな相談ごとへの的確な判断、アドバイスが求められた。運動部でも文化部でも助っ人に引っ張りだこで、もちろん大活躍した。


 登下校も気は抜けない。無駄に有名人になってしまった俺にみんながあいさつしてくる。そのすべてににこやかに対応した。


 その結果、校長はじめ教師たちにも一目置かれ、学校始まって以来の超優等生として永世名誉生徒会長の称号を得るまでの足跡を残したのだが、俺の中には何も残らなかった。彼女どころか一人の友人もできず、要するにただのぼっちじゃないか。


 そもそもの原因は一年生のときのクラスでの自己紹介だった。


「広川博斗はこの学校で天下を獲ります!」


 今振り返ればおバカ中二病の典型(まだ中一だったけど)なのだが、要するに学校生活を自作自演して自爆してしまったのだった。


 でも!


 もういやだ。といっても夜の校舎窓ガラス壊して回ったり、盗んだバイクで走り出したりしたいわけじゃない。


 授業で居眠りして教師に怒られて、購買で焼きそばパンの争奪戦を繰り広げて、体育ではヘタレで長距離走について行けず、休み時間は同級生とバカ話して、放課後はゲーセンやカラオケ行って笑い笑われ………そして隣の席のかわいい女の子が俺のことを……ってまあ、そこまでは求めないけど、とにかく当たり前の楽しい学生生活を取り戻す!


 それがオレの高校逆!デビュー計画だった。


 ここの入試は一発勝負、内申書も受け取らない方針だから、全国から変わったやつも集まってくるという噂もあるが、とにかく俺の記録は一切この学校に伝わっていない。

 それと、中学校には俺が東京の超難関校に行ったことにしてある。その超難関校も受験ではもちろんトップ合格したが、家庭の事情で進学できなくなったと適当なことを言ってごまかした。両親が共働きで忙しく、俺の教育に一切関心がないことも幸いした。 


「ふあああ」


 校門をくぐる前に俺は深呼吸し、人の目を気にしなくていい自由さに心を震わせつつ、校舎への道を歩んでいた。

 ああ、俺はついにモブになれたんだ。無上のうれしさがこみあげていた。


 そのすぐ後に修羅場が待っているなんて思いもせずに……。


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