MO部 俺もう目立ちたくないんです

灰色鋼

第1話

 地球温暖化で桜の花はとっくに散ってしまった四月、俺は知り合いが誰もいない隣県の高校に進学した。全日制普通科のみで偏差値58、大学進学率は90%、駅から徒歩十五分で校舎は築四十五年、狭くも広くもない校庭があって男女比率はほぼ同数。運動部も文化部も県大会で注目される部活は特にない。絵にかいたようなフツーの高校だ。


「ああ、空気が清々しい」


 校門を入り、俺は鼻をほじくった。


「はは、誰も気にしないよな」


 今度はズボンに手を入れて股間をかいてみた。周りには大勢の新入生がいるが、当然のことながら無反応だ。そもそも俺の容姿自体、どこにでもいるような特徴のないモブ男子なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


 入学式前のオリエンテーションまでにはまだ時間がある。校庭では運動部、文化部入り乱れ、新人勧誘の声を張り上げている。部活を宣伝するプラカードもみんな一生懸命工夫している。


「蹴球部は現在週休二日!」「白球を追う青春はもう丸刈りにしなくていいんだ」「スイキュー!!」「二歩以上歩かず籠に球を入れるだけの仕事です」「書く読むなろう文芸部」「いい加減にしろ撮り鉄!」「書の道はヘビー」「ブラバンバンバンボン!」


 なんか妙な主張もあるけれど、それにしても部活か。まあ、入らないのが無難だよな。そう思って歩いていると、異様な雰囲気の一角に目が留まった。

 暗そうな女の子が下を向いてプラカードを持って立っている。黒髪が前に垂れ、マスクをしているため顔が見えない。キャッチフレーズの文字も小さくて薄くてよく読めない。なんの部活なんだ……。

俺は近寄ってプラカードの文字を見た。


「MO部」


ん? どういう意味かな……ってモブ!?

「あの……」

 俺は恐る恐る声をかけた。

「……」

 プラカードを持った女の子は顔を起こして上目遣いに俺を一瞥したが、また視線を落としてしまった。はあ? なんなんだ。部活の勧誘じゃないの?


「……う……」

 女の子が何か言った。

「誰?」

 いや誰って言われても……なんか怖い。


「俺、新入生ですけど。あの、なんの部活なんでしょう?」


「あ!」

 と言い、女の子は傍らにあったチラシを俺に突き出した。

「あ、はい」

 受け取ったチラシにはこう書かれていた。


「MO部はモブのモブによるモブのための部活。部是と真実はただひとーつ。絶対に目立たず モブに徹する。そのために命かけています。モブは何もしない、何も足さない、何も引かない。理想はヘリウム。無味無臭無色無毒、化合しないけどそこに存在する。サウイフモノニ ワタシハナリタイ 」


 なんだこりゃ。でも、モブに徹する……俺の理想じゃないか。

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