なにわえの
彩葉
第1話
ネオン煌めく夜の街を、ふらふらと彷徨う。あの日偶然出会った彼の影を探しながら。
昼は公務員をしていた。薄給でサビ残の絶えない職場を、でも私は安定という文字が頭にこびりついて離れられない。パンプスとはいえ疲労の溜まる足を湯船でほぐすのが唯一の趣味といっていいほど、悲しい女だった。
当たり前に彼氏なんておらず、私は三十手前にして完全なる喪女を体現していた。
ある日、酒に酔った友達が迎えに来て欲しいと連絡があった。大学を卒業してから一度も会っていないような友達からの連絡に、私は困惑した。しかし、本当に困っているらしい。
私は指定された居酒屋に大急ぎで向かった。
まあ、あとはお察しの通り、それはごくありふれた罠で、私は笑いものにされるためだけにそこに呼ばれた、ただのピエロ。友達は本当に来た! と猿笑いし、その場にいた男どもは私を珍獣のように見てくる。
全身の力が抜けた私は、その場にへたりこんだ。情けなかったが、それ以上にやるせなかった。私は笑われるために生まれてきたわけではない。
結局、友人が無事なことを確認した私は、その足で駅まで向かった。一刻も早く湯船につかりたい気持ちでいっぱいだった。
ふと、後ろ腕を掴まれる。私は驚いてその足を止めてしまった。
それが全ての誤りだとも知らないで。
「あの、忘れものです」
手渡されたのはハンカチだった。もうぼろぼろで毛玉が出来ている。
私は咄嗟にそれを奪った。誰にも見られないと思ったのに。
「さっきはすみません。あいつ酒が入るといつもああで」
唐突に始まった言い訳に、私はため息をつく。一緒になって笑っていたというのに、どうして人のせいにするのだろう。
「あの、もう帰りますので」
「ちょ、ちょっと待って。せっかくだから二人で飲まない?」
なにが、せっかく《・・・・》なのかは分からないが、酒というのは魅力的に映った。私は鬱憤を晴らすように男についていく。拓哉と名乗った男は、大衆居酒屋に吸い込まれていった。おしゃれな雰囲気に勝手にバーなんかに行くと思っていたものだから、ちょっと驚いてから、私も彼の後ろをついていった。
まあ、それからはなし崩しで、気がつけばホテルで朝を迎えていた。あれだけ心配していた初めてはいとも呆気なく散り、私は雫が滴るのと同じ通りで彼に恋をした。
連絡先なんて交換しなかったものだから、彼と私を繋ぐものは質の悪い友達だけで、私はあれ以来休日の前夜にはあのネオン煌めく街をふらふらと彷徨う亡霊になった。
あの一夜で私は二度と恋ができなくなった。この恋焦がれる気持ちを抱いたまま、私は生涯を過ごしていくのだろう。
なにわえの 彩葉 @irohamikan
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