今際の際(いまわのきわ)の女王陛下

来冬 邦子

七人の王子と王女

 ここは王宮の一室。きらびやかなシャンデリアが夜の闇を押しのけている。

 天蓋付きの大きなベッドに横たわるのは瀕死の女王陛下。

 息は苦しげだが瞳は子どものようにきらめいている。

 ベッドの足許あしもとには七人の王子王女がかしこまっていた。

 

 侍医は、女王陛下の小さな手をそっと離した。


「申しわけありません。手は尽くしましたが、陛下は今晩にも……」


 涙ぐむ者、顔を背ける者、肩を落とす者はいたが、やつれ果てた侍医を責める者は一人としていなかった。


「退出して休みなさい」


 女王陛下が 侍医に弱々しく頬笑むと侍医はかぶりを振る。


「皆様のお邪魔はいたしませんので、もうしばらく御側におります」


「ありがとう。好きにしてよい」


「ははっ、ありがたきお言葉。光栄に存じます」


 侍医がベッドを離れると、女王陛下が「もっと近くへ」と七人に呼びかけた。

 七人が枕辺に寄り添うと、陛下は一人一人の顔を愛おしげに眺めた。


「子どもたちよ、わたくしの最後の願いをきいてくれますか」


「母上、どんなことでもいたします!」


 末の王子が叫ぶように答えると他の六人もそれぞれに頷いた。

 兄弟姉妹は年こそ離れていたが仲が良かった。


「ありがとう。優しい子どもたち」


 女王陛下は息を整えると、口を開いた。


「わたくし亡き後、この王国はお前たち七人で分け合うように申しておきましたが、気が変わりました。わたしの王国を引き継ぐ者を一人、今ここで決めます」


 七人は驚いて女王陛下を見つめた。


「これから一人ずつ順番に『今際いまわきわ』と早口で十回唱えるのです。一度も噛まないで言えた者に、王国のすべてを譲ります」


「ええ~?」 みんな、思わず声が大きくなった。


 部屋の隅のソファーで休んでいた侍医が驚いて駆けつけた。


「わたくしは大丈夫ですよ。すまないけど坐らせておくれ」


 重ねたクッションを背もたれにして女王陛下を坐らせると、侍医はまた部屋の隅に戻った。


「お母様、そんなおたわむれを……」


 一昨年還暦を迎えた第一王女が母の手を取る。


「戯れではない。気の迷いでもない。さあ、始めておくれ」


「ええと。では、わたしから?」

 

 天頂部の髪が薄くなりつつある第一王子が女王陛下の顔色をうかがう。


「始めなさい」


 第一王子は大きく息を吸うと一気に唱えだした。


「いまわのきわ、いまわのきわ、いまわのきわ、いまのきわ! …… うぐう、しまったあ!」


 第一王子が床を叩いて悔しがるので、あちこちから笑い声がもれた。


「次はわたしね」


 第一王女が進み出た。


「いまわのきわ、いまわのきわ、いまわのきわ、いまわのきわ、いま …… いやあ、悔しいっ!」

 

 第一王女が扇子を投げ捨てると、全員が大笑い。


「よし! わたしの番だな」


 口ひげをしごいて第二王子が頬をバシバシ叩く。


「いわの……」


 ガックリ肩を落とす第二王子。誰かが吹き出した。


「次はわたしですね」


 白髪染めを愛用している第二王女は、ふと女王陛下の顔を見た。

 青白かった頬が赤く上気している。瞳は楽しそうにキラキラと輝き、笑いすぎてうっすら涙を浮かべていた。


「どうしたの? 続けなさい」


「はい」


 第二王女は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


「いまわのきわ。いまわのきわ。いまわのきわ。いまわのきわ」


 これは成功するかも知れない。皆、固唾を飲んだ。


「いまわのきわ。いまわのきわ。いまわのきわ。いのきわ!」


 第二王女は女王陛下のベッドに突っ伏した。


「意外と難しいなあ」 「兄上は惜しかったですわよ」 「わたしは?」 「あなたもね」


 失敗組が慰め合っているのも、女王陛下は頬笑んで見ていた。


 そして第三王女、第四王女、最後の第三王子もあえなく失敗すると、女王陛下も含めて全員が声を上げて笑った。


「ああ、可笑しかったこと。面白かったわねえ」


 女王陛下は涙を拭うと、笑顔のまま事切れた。


        了

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今際の際(いまわのきわ)の女王陛下 来冬 邦子 @pippiteepa

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