第14話 本当の敵(後編)

翌朝、藤原は顔を洗いながら、昨日のことを思い返した。


——転生者。


——朝倉との言い合い。


——掲示板に更新がなかったこと。


どこかで、気づいていた。いや、ずっと前から分かっていたのかもしれない。

自分が妄想に逃げていただけだということを。


職場に着くと、朝倉はいつも通りだった。


出社の挨拶を交わし、軽く笑って、資料を整理している。


藤原は、どこかホッとしたような気分になる。


(普通に戻ってる……)


だけどその“普通”が、少しだけ苦しかった。


昨日まで、藤原にとって朝倉は“敵”だった。

努力ではどうにもならない、物語に選ばれた特別な存在。


けれど、いま目の前にいる彼は——ただの同僚だった。

努力して、気を遣って、でもきっと不安も抱えながら働く、普通の人間。


その日の午後、雑務のついでに社内の資料室に寄ったとき、偶然ひとつの古い報告書が目に留まった。


——数年前のプロジェクト計画書。


そこには、まだ朝倉が入社する前の、自分がメインで提案していた内容が記録されていた。


懐かしくて、ページをめくる。


当時の自分は、もっと前を向いていた。誰かと比べるより、自分が何を作れるか、どうすればクライアントにとって意味のある提案になるかを考えていた。


転生者なんて存在しなかった。


ただ、不器用でも、まっすぐに自分の立場でできることを探していた。


(……俺、いつからこんなふうになったんだろうな)


力が抜けたように、椅子に腰かけた。


転生者という妄想は、便利だった。

自分の失敗も、周囲の評価も、全部“誰かのせい”にできた。

その誰かが特別な力を持っていれば、自分がモブであることも、納得できた。


でも——


(それって、本当に楽だったか?)


周囲を羨んで、勝手に自分の位置を下げて、努力する気力を削って、気づいたら何も残ってなかった。


敵なんて、最初からいなかった。


自分自身が、自分のいちばんの“敵”だったのだ。


「……情けねぇな」


そうつぶやいた声は、小さく、けれどどこか晴れやかだった。

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