第3話 過去から来た来訪者(前編)

その再会は、予告もなく、昼休みにふらりと訪れた。


会社近くのコンビニでカップ味噌汁を手に取ったとき、斜め向こうから聞き覚えのある声がした。


「……あれ? 藤原じゃない?」


その声が誰のものかを認識する前に、心臓がひとつ大きく跳ねた。

その直後、背筋が自然に伸び、反射的に顔を向けていた。


「……高木?」


高校時代の同級生、高木雅也だった。大学も就職も違ったが、地元ではそこそこ頭が良くて、要領もよくて、何より目立っていた。


懐かしさよりも先に来たのは、ほんのりとした“面倒くささ”だった。

——なんで今?

なぜ、何年も会っていなかった相手とバッタリ遭遇してしまうのか。


「うわ、やっぱそうだよな! 久しぶりだな、何年ぶりだ? 十年……は経ってないか」


気さくな笑顔。昔と変わらない、人の懐にするりと入ってくるあの感じ。

そしてそれに反応して笑顔を返してしまう自分。断りづらい雰囲気。


「お前、こっちの会社? マジで偶然すぎる。俺、今この近くのスタートアップに出向中なんだよ」

「よかったら飯でも行かない? 昼、もう買っちゃった?」


脳内では「いや、今日はちょっと……」という言葉が回っていたが、口から出たのは逆の言葉だった。


「……ああ、いいよ。行こうか」


気づけば弁当を棚に戻し、高木と並んで近くのカフェに向かっていた。

歩きながら、過去の記憶がじわじわと蘇ってくる。


——そういえば、俺、高木のこと、ちょっと苦手だったんだ。


明るくて、嫌味がない。でもいつも勝っているタイプ。

どこか「自分とは違う人種」のように思っていた。


カフェに入ると、席の近くで高木が軽快に言う。


「いや〜マジで偶然だなあ。藤原、昔とあんま変わってないな。落ち着いてる感じでさ」

「てか、こんな場所で会うとか、やっぱ縁ってあるんだな〜」


「……変わってないか。まあ、そっちはなんか、いい感じっぽいな」


「いやいや、そんなことないよ。てかお前は? 今どんな感じの仕事してるんだっけ?」


いきなり核心に近い問いが投げられて、少し戸惑う。  どんな感じ、と聞かれても、特に説明するような仕事ではない。

いや、違う。自分自身がそれを「語りたくない」と思っているだけかもしれない。


「……法人営業、ってやつかな。あんま面白い話ないけど」


「そっかそっか。営業もキツいよな〜数字あるし。けど藤原なら向いてそうだけどな」


それは、お世辞か、それとも本心か。

考えすぎだとわかっていても、言葉の裏を探ってしまう自分がいた。


そして次第に、彼がどれだけ順調にキャリアを積んでいるかが見えてくる。

新規事業、投資家とのやり取り、副業でコンサルもしているという。


「まあ、たまたま運がよかっただけだよ」

高木は笑って言う。けれど、その“運”すら、自分には回ってきた覚えがない。


それでも、高木は本当に悪気なく、ただ世間話をしているだけなのだとわかる。

そこが、余計にきつい。

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