最終話 本物のお妃さま

 また春が来た。

 私がフェリオスに嫁ぐと決めてから一年。今日、ようやく彼と結ばれる。


 思えば色んなことがあった。

 最初はフェリオスに放置され、メイドの振りして脱走し、金儲けしようと言ったり石鹸を作ったり。精油どろぼうを捕まえたりしている内にフェリオスと婚約者らしくなって。


 ウェディングドレスを着た私の手元には、二冊の本がある。


 一冊はお祖父様が預けてくれた千年まえの巫女の本、もう一冊は自分が体験した生き返りを記した本だ。身のまわりが落ち着いてきたので、少しずつ自分の記憶を本にしている。


 きっと今後も、私のように人生をくり返す巫女が現れるだろう。

 その時に、少しでも彼女たちの力になれたらいいと願っている。


 エンヴィードには教会や聖堂が増えた。私がフェリオスの依頼で建てたものだけど、聖職者たちも少しずつ国内へ戻り、民の祈りの場を作っている。

 結婚式を教会で行う人が急増したため、聖職者たちも年々増えている状況だ。


 今日は皇都に建てた大聖堂での結婚式である。皇帝の結婚とあって、国外からもたくさんの賓客を招いた。お祖父様はもちろん、イスハーク陛下も来てくれた。


 また飲み比べなんかしないといいなあ、と思うけど。

 ……やりそうだわ。

 イスハーク陛下ならやりかねない。初夜だからこそ、邪魔しそうな人である。


「ふふっ、しょうがないわね……」


 ひとり言をつぶやき、二冊の本を机に置いた。


 花嫁の部屋にも小さな祭壇があり、祈りを捧げたいのでカリエには部屋を出てもらった。

 両手を組み、祭壇の前で目をとじる。


 ――女神さま。四度目の人生は、今までになく最高に楽しいです。

 私はフェリオスを愛しています。だからどうか……どうか来世も、彼と会わせてください。

 

 とても欲ばりな願いだ。

 きっと女神さまはいつものように、私の願いを聞き流すことだろう。

 と、思ったのだけど。


 ――ピチチッ


 鳥の鳴き声が聞こえ、ゆっくりと目を開ける。

 祭壇にはなぜか青い鳥の羽が落ちていた。まるで、願いを聞き届けたという証のように。


「ありがとうございます、女神さま……」


 つぶやいた時、部屋のドアがノックされた。

 はい、と答えるとカリエが入ってくる。


「姫様――あ、失礼しました。皇后陛下、お時間ですよ。あたしが付き添い人になりますね。大聖堂では、教皇猊下と皇帝陛下がお待ちですよ」


「ええ。行きましょうか」


 鳥の羽を私が書いている本にはさみ、カリエと一緒に部屋を出る。

 大聖堂の前にはウェイドとエルビンが控え、ゆっくりと扉を開けてくれた。


 春の日差しが差し込む大聖堂に、たくさんの賓客が集まっている。最前列にはティエラ様とエイレネ姫、イリオン皇子。そしてレクアム様とケニーシャ様。


 二列目にはニヤニヤ笑うイスハーク王。これは悪いことを考えてそうな顔だわ。またフェリオスを酔い潰そうとでも考えてるような感じ。どうしてくれようか。


 祭壇のまえには優しげに微笑むお祖父様と、見とれるような美しい新郎がいる。私だってロイツ最高峰の工房からドレスを贈ってもらったのに、あの顔はずるい。美形ってほんと、何を着ても完璧なのね。


 お祖父様の祈りの言葉は、まるで女神に捧げる詩のようだった。


「鳥よ歌え、草木よ芽吹け。命の種まく二人に、大地の祝福を与えん――」


 ああ、やっぱりそうなんだ。

 女神さまは大地そのものなんだ。


 私とフェリオスは互いに指輪を嵌めあい、誓いのキスをする。


「ララシーナ、愛している。俺を支えてくれてありがとう」


「私もあなたを愛しています。フェリオス様に嫁いで、本当によかったですわ。スリル満点でしたもの……きゃあっ!?」


 かるい皮肉を口にした私を、美形な新郎はひょいっと抱き上げた。

 会場中から「きゃあっ」だの「わあっ」だの、色んな声が響きだす。


「え、ちょ、フェリオス様!?」


「このまま皇城へ戻ろう。イスハーク陛下に捕まったら、ややこしい事が起きる予感がする」


 フェリオスは私を抱き上げたまま、スタスタと大聖堂を歩き出した。後ろから「お義姉さま、お幸せに!」、「兄上、たまには帰って来てよぉ」という叫びがかすかに聞こえたが、すごい拍手の音だ。


「ぬおおぉ、逃がさんぞ! フェリオス、余と勝負せい! 今度こそ酔い潰してくれるわ!」


 ああ、やっぱりだわ。

 広い肩ごしに後ろを見ると、イスハーク陛下がアシムさんに羽交い絞めされている。


「アシムさんが頑張ってくれてますわ。このまま逃げ切りましょう!」


「ああ」


 こうして私とフェリオスは皇城に逃げ帰ったのだが、敵が大人しいのは一日だけだった。甘い夜を過ごせたのはたったの一晩で、翌日の晩にはまたもや飲み比べが始まったのだ。


 大広間の床に転がる、飲んだくれて眠ってしまったイスハーク陛下とフェリオス。しかもレクアム様まで寝ている。

 私とケニーシャ様は深いため息をつき、愛しい旦那さまの髪を撫でてあげたのだった。




 四回目の人生は、お飾りの妃?

 いいえ。

 本物の、愛されるお妃さまになりました。





 完




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四回目の人生はお飾りの妃。でも冷酷な婚約者の様子が変わってきてます? 千堂みくま@9/17芋令嬢comic2巻 @sendo-mikuma

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