第51話 ひと安心

 翌日、皇帝の葬儀が行われた。

 ウラノスは急な病に倒れたと発表され、彼の亡がらは密やかに葬られた。


 レクアム様は自身の左手が麻痺していることを臣下に打ち明け、今後は皇帝となるフェリオスの補佐をすると宣言。

 ウラノスという巨大な支配者を失って不安定になりかけていた皇城は、二人の皇子によってまたたく間に落ち着いた。


 レクアム様もフェリオスも、姿を隠して神格化する風習は撤廃したらしい。双子のように似た兄弟は息もぴったりで、エンヴィードの長い歴史のなかで作られたおかしな法や慣習を次々に無くしていった。


 そして、私は。


「本当に汚れていますわね」


「ええ。ティエラ様がときどき来るぐらいで、完全に放置されていたようですわ」


 ケニーシャ様と後宮の改装に取り組んでいる。


 ティエラ様は皇城を出て、修道女になりたいと希望された。フェリオスは母の望みを叶え、ティエラ様をハートンへ送りとどけた。


 エンヴィードには教会のたぐいが一つもないので、聖堂が残るハートンで暮らすように言ったようだ。今ごろはエイレネ姫と再会し、仲良く過ごしていることだろう。

 私の事業もティエラ様とエイレネ姫に譲渡したけれど、お二人なら問題なく運営してくれると思う。


 ハートンは今後、イリオン皇子が引き継ぐことになった。

 悲鳴を上げてるだろうけど、がんばってとしか言えない。


 義理の姉として、イリオン皇子の健闘を心からお祈りしています。


 で、後宮である。


 荒れ果てた内部にげっそりしつつも、私たちにとって他人事では済まされない問題だ。私もケニーシャ様も、今後は後宮で暮らすのだから。

 早く整えないと寝床すらない。


「奥方さま、ソファの脚が折れております」


「直せるものは直しましょう。修理が必要なものは分けておいてちょうだい」


「奥方さま、シーツが破れております」


「手のあいたお針子に、穴を直してもらえないかしら……」


 騎士なのに後宮の掃除をさせられているウェイドとエルビン。彼らは本当はフェリオス付きの近衛だったのに、私に付いたばかりに不遇な目に会っている。


 今後も可哀相なことさせるかも。

 ごめんね、という気持ちだ。


 ケニーシャ様は布で口元を覆い、激しくはたきがけしている。私もメイド達に混ざりつつ、窓を開けてホウキで掃除した。

 カリエが雑巾で窓を拭くと、曇ったガラスが透きとおって急に明るくなったように感じる。


「姫様、皇子殿下から教会を作るように頼まれたんでしょう?」


「ええ。掃除しながらデザインを考えてるんだけどね。どうしようかしら……」


「あたし思ったんですけど、皇都ってほとんど緑がないですよね。もっと木や花を増やしたらどうでしょう?」


「そうね! 教会を中心に、もっと木を植えましょう。ガイア教は草木がシンボルだし――」


「わたくし、結婚式を挙げるのは教会がいいですわ。領主に届け出て終わりなんてロマンがありませんもの。ララシーナ様も、そう思われるでしょう?」


 私とカリエの話を聞きつけたケニーシャ様が、鋭い視線を送ってきた。

 思わずごくりとのどを鳴らす。


「も、もちろんですわ! お任せくださいませ。素敵な教会を作ってみせましょう!」


「うれしい! やっぱり好きな人と結ばれるのは教会であるべきです。うふふっ、どんなウェディングドレスにしようかしら……!」


 ウキウキしながらはたきを動かす美女を見ていると、否応なしに頑張らねば、と思えてくる。レクアム様は皇帝になる気がなかったので、一年以上も婚約の状態でケニーシャ様を待たせたらしい。

 待たせる方もすごいけど、待ち続けたケニーシャ様はさらにすごい。


 でも長いあいだ待ったからこそ、急いで教会を作らないといけないのよ!


 とりあえず厨房以外の掃除は終わったので、今夜から後宮で休むことにした。寝る直前まで机に向かい、教会のデザイン画を描く。

 ああでもない、こうでもない。


 ようやく納得いくデザインが決まったときには、朝になりかけていた。

 その日は昼までたっぷり寝てしまった。




 冬になった頃ようやく教会が完成し、レクアム様とケニーシャ様が結ばれる日を迎えた。移植した花木に覆われる教会を見た感動と、二人の幸せそうな顔で感激し、とめどなく涙が溢れる。


「まるで娘を嫁にやる父親のように泣くんだな。大丈夫か?」


「だ、だいじょぶ、ですっ……! 嬉しくて……!」


 ひと月前に戴冠式を終え、正式に皇帝となったフェリオスが若干引きながら私を見てくる。


 あなたには分からないでしょうけどね、色々と事情があったのよ。

 早くお嫁に行かせてあげたいという気持ちと、でも教会のデザインにもこだわりたいという葛藤が、長らく私を苦しめてたんだから!


 しかしこれでやっと、教会のプレッシャーから解放されるわけだ。私は「ほうっ」と息を吐き、ステンドグラスと花嫁の美しさに見とれたのだった。

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