第47話 作戦会議

 数日後、私たちはまたもやガセボに集まった。

 しかしお茶を楽しむのではなく、作戦会議を開いている。


「陛下がロイツへ侵攻するのは16日後――今月の終わり頃のようです。そこから逆算して、レクアム様が動くとしたら今から五日後ではないかとフェリオス様が仰っていました」


「今から五日後……あまり猶予がありませんね。戦争中にクーデターを起こすおつもりなのかと思っていました」


 私の説明を聞いていたケニーシャ様が首をかしげる。

 彼女の横には、ぽかんとするティエラ様。


 ティエラ様はどんなときでも私と一緒にいたがるので、作戦会議にも同席してもらった。

 でも少し退屈そうである。


「陛下は戦争の前、体調を整えるために必ず三日間の断食をするそうですわ。その後、十日かけて食事をもとに戻し、出征するとのことです」


「ああ、レクアム様から聞いたことがあります。戦争の前は陛下に会えない期間があると仰っていたけど、この事だったのですね」


「ええ。瞑想の間と呼ばれる場所で断食するそうですが、三日間だれにも会わず水と塩だけで過ごすらしいですわ。断食中は体力が落ちるので、レクアム様は恐らく三日目を狙って動くのではないかと」


 いちど話を切り、テーブルの上に地図を広げる。

 フェリオスから預かった特殊な地図だ。


「まあ……。まるで迷路のようですね」


「皇城の地下に広がる、水路の地図です。外敵の侵入をはばむためにかなり複雑な形をしていますが、決まった道だけを通れば迷うことはないはずですわ」


 フェリオスは以前、地下牢から流されて皇城の外へ出たらしい。


 水路をよく見ると城から出るのはたやすく、外から侵入するのは困難な作りになっている。城の中心部に近づくにつれ水路は細くなり、流れも激しくなるから、水の中を進むのは無理だろう。


「皇太子宮の水路は、本宮の食物庫へつながっています。食物庫から瞑想の間がある天空塔へは、ここを通って……」


 地図の細い水路を指でなぞりながら説明する。

 クーデターは恐らく夜間に起きるだろうから、城の廊下を堂々と歩くわけにはいかない。巡回中の騎士に見つかってしまう。


 だからこそ水路の道順を暗記する必要があるが、ケニーシャ様は抵抗なく頭に入れたようだった。

 さすが皇太子妃となる方である。


「怪我人が出るでしょうから、私は薬師として様子を見に行きます。ケニーシャ様も念のため侍医を呼んで、天空塔まで来ていただけますか?」


「ええ、分かりました。絶対にレクアム様を死なせたりしませんわ……!」


 決意を口にするケニーシャ様の横で、ティエラ様がじっと地図を見つめている。いつもの溌剌はつらつさはなく、真剣な表情で。

 やがて彼女は、ぽつりと言った。


「……子供たちが危ないわ。あぶない……。行っては、だめ」


「えっ? ティエラ様? 記憶が――」


 戻ったのですか、と尋ねるまえに、表情が戻った。少女のように天真爛漫な顔でニコニコと笑っている。

 私とケニーシャ様は思わず顔を見合わせてしまった。


 最近のティエラ様は、まるで内部に二人の人格をかかえているように感じられる。少女になったり、年齢相応の落ち着いた女性になったり。


 ――ティエラ様は、ご自分の苦しい記憶と戦っておられるんだわ……。


 おぞましい記憶を思い出したくないけれど、子供たちの危機を感じて葛藤かっとうしているのかもしれない。

 私とケニーシャ様は複雑な気持ちでティエラ様を見守った。




 夜になり、部屋のなかでこっそりとメイド服に着がえる。

 カリエに頼んで調達した、皇城で働くメイドの服だ。


 身支度を整えたら厨房へ向かい、食事を持って屋根うら部屋に忍びこむ。


「フェリオス様、夕食ですよ」


「ああ、ありがとう」


 急な階段をのぼった先で、黒髪の青年が本を読んでいた。フェリオスである。彼は数日前にキオーン宮へ入って以来、ずっと屋根うら部屋で身をひそめているのだ。


 皇帝がフェリオスを殺せと命じたため、城のなかに彼の居場所は無くなってしまった。皇子でありながら、いまのフェリオスは社会的に死んだも同然だった。


 本当に、あの皇帝どうしてくれようか!

 往復ビンタでもしないと気がすまないわ。


「イスハーク陛下は、そろそろ手を引くと思う」


「手を引くって……もう何もしないという事ですか?」


「ああ。エンヴィードの皇帝と皇太子が争う場に、ディナルの王が居合わせるのはまずい。イスハーク陛下が兄上をそそのかして、皇帝の座を狙わせたように見えてしまうからな」


「確かに……。そうなったら本当に、世界大戦になってしまいますものね」


「イスハーク陛下はひそかに戦争の準備を進めているようだ。あなたの祖父――教皇猊下が、エンヴィードの侵攻を防ぐように頼んだらしい。もちろん、そうなる前に父を止められたらいいのだが……」


「フェリオス様……」


 フェリオスは恐らく、父親を殺す覚悟をしている。

 レクアム様とおなじように。


 でも彼の黒い瞳は揺れていて、まだ迷いがあるように見えた。


「ひとつ、気になっていることがあるんだ」


「……なんですか?」


「兄上は多分、俺が動くことを知っていると思う。そして父も、俺が死んだとは思っていないはずだ。殺したのなら死体を見せろと言う人だから。気づいて放置している。なぜかは分からないが」


「こ、怖すぎますわ……。なにを企んでおられるのかしら」


 ぶるっと震える私を見て、フェリオスは言葉をとめた。

 なにか考えこんでいる。


「今度は何に気づきましたの?」


「単純に考えれば、断食の三日目を狙うのがいちばん効率的だ。俺なら敵を弱らせて、追い詰めてから殺す。その方がこちらも怪我をせずに済むし」


「…………」


 やっぱり親子だなと思ってしまうわ。

 考え方が容赦ない。


「あなたには五日後と言ったが、兄上が気づいているのなら別の日もあり得る。一応、頭に入れておいてくれ」


「……分かりました」


 空になった食器をトレーに乗せて、厨房で片付けてから部屋に戻る。

 あと数日でとんでもない事が起きるなんて夢のようだ。現実だとは思えない……思いたくない。


 ――でも、現実なのよね。


 ここまで来たらやるしかない。

 決意を胸に、寝台の上で目を閉じた。

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