第46話 やっと会えた

 私とティエラ様のまえで泣きじゃくったケニーシャ様は、その後もたびたびキオーン宮を訪れるようになった。


 でも私には彼女の話を聞くことしか出来ず、申し訳ない気持ちで一杯だ。レクアム様の目的を知ったのに、彼の身が危ないと分かっているのに、何もできない。


 今日もケニーシャ様は昼下がりのお茶の時間に現れたが、いつもと様子が違っていた。

 ほんの少しだけ表情が明るい。


「今日はティエラ様のご許可をいただいて、キオーン宮に商人を呼びましたの」


 お茶を飲みながら朗らかに笑う。

 買い物をすることで少しでも気が晴れるなら良かったと、私もティエラ様も楽しみに待つことにした。


 しばらくしてカリエが私たちを呼び、三人で応接間へ移動する。


「いやぁ、お美しい貴婦人ばかりだ! 目もくらむようですなあ!」


 応接間へやって来た商人のデカイ声に、ティエラ様が目を丸くした。ケニーシャ様は私に向かって必死に目配せし、何かに気づけと言いたげである。


 ――でも、何かって、なんだろう?


 私は応接間に入ってきた商人たちを見た。全部で五人。誰もがディナルから来たようで、白い布地の衣装を着て頭には日差しよけの布をかぶっている。ぱっと見て全員おなじにしか見えない。


 その時、商人のひとりが私のほうを見た。白い布地の下から瓶底メガネがのぞいている。

 かなりの近眼のようだ。


 目が合ったと思った瞬間、メガネの青年から低く懐かしい声が聞こえた。


「お会いできて光栄です、巫女姫」


「……え?」


 今の声は――。


 私は目を限界まで開き、青年の顔を見つめた。

 メガネが邪魔だけど、よく見たらものすごく整った顔をしている。


 この顔。現実ばなれしたこの顔は!


「ふぇっ、フェリっ……!!」


 名前を口に出しかけると、彼はにっと笑って人差し指を唇にあてた。

 もう泣いてしまいそうだ。


 今までどこにいたの? 何してたの?

 私が何日あなたを心配してたと思うのよ!!


 ぎりぎりと歯を食いしばって叫びをこらえていると、ケニーシャ様がぽん、と手をたたいて言った。


「そうですわ。ララシーナ様、商人に見てもらいたい品があると仰ってましたよね? かなり大きな物ですし、商人に運んでもらったらいかがでしょう?」


「えっ? あ、そ、そうですわね! あまりに大きいので、部屋に置きっぱなしでしたわ。誰か来てくださらない?」


「では、俺がご一緒しましょう」


 皇子様のわざとらしい敬語に吹きそうになりつつ、何とか我慢して二人で部屋をでた。


 なんなの、その口調。

 全っ然あなたに合わないんですけど!


「ララシーナ」


「な、なんですか?」


「泣くか笑うか、どちらかにしてくれ」


 どっちも我慢できないわ。

 おかしくて、嬉しいの。


 私は部屋に入るなり、思いっきりフェリオスに抱きついた。


「もう! もう、もう! 今までどこにいましたの!? しっ、しんぱ、してっ……!」


「すまない。本当に、申し訳なかった」


 ああ、この胸板の感触。抱きしめたときの広い背中。

 なにもかも懐かしくて、涙が次々にあふれてくる。


 わんわん泣く私の背中を大きな手が撫でていたが、しばらくして顎に指を掛けられた。まだ涙がとまらないのに、構うことなく唇が重ねられる。


「会いたかった……。ずっと、こうしたいと思っていた」


 ふわりと微笑みながらフェリオスが言った。美形の柔らかな笑顔はとろけるようで、目にしただけで腰がぞわぞわする。

 これが腰砕けっていうのかしら。私は必死に彼の肩にしがみついた。


「あら、メガネ外したんですね」


「この状況でメガネは必要ないだろう。あれはイスハーク陛下の嫌がらせのようなものだし」


「ああ、あの大きな声の方はイスハーク陛下でしたのね。聞き覚えがあると思いました。あ、そうですわ」


 私はベッドまで歩き、立てかけてあったフェリオスの剣を持ち上げた。

 

「レクアム様から剣を預かってましたの。お返ししますね」


「ありがとう」


 フェリオスは受けとるなりさっそく腰の剣帯に差しこみ、ホッと息をついた。

 やっと元通りだ、と思っていそうな顔である。


「フェリオス様、レクアム様のことなんですけど……」


「ああ、分かっている。兄上を死地に向かわせるようなことはしない。必ず守ってみせるから、安心してくれ」


 良かった、フェリオスはレクアム様の計画を知っていたようだ。


 フェリオスは私にあるものを渡し、手短にこれからのことを説明した。皇帝はやはりロイツへの侵攻をあきらめていなかったらしい。

 半年後の戦争を止めたいと願って今まで頑張って来たけれど、歴史はまだ変わっていないのだ。


 ――コンコン!


 急に部屋のドアがノックされ、私たちはあわてて離れた。


「ララちゃん、どうしたの? 一緒に宝石を見ましょうよ!」


 ティエラ様の声だ。フェリオスの方をちらりと伺うと、彼は軽くうなずく。大丈夫という意味だろう。私もうなずき返し、ドアを開けた。


 廊下には予想どおりティエラ様と、気まずそうな顔をしたカリエがいる。


「あのね、綺麗な宝石があったの。だからララちゃんにも見てほしくて――」


 私に駆けよったティエラ様の視線がフェリオスをとらえ、彼女の動きが止まった。誰もが沈黙し、部屋の中の時間まで止まったように感じる。

 そして――。


「フェ……リ……」


 大きく目を開いたティエラ様の口から、ささやくような呟きがもれた。


 ――まさか?


 私もフェリオスもハッとしたが、次の瞬間、ティエラ様の表情は戻ってしまった。

 不思議そうに首をひねっている。


「あれ? 何だったかしら……あ、そうだ! ララちゃん、応接間にもどりましょ!」


「……ええ」


 もう一度フェリオスの方を見ると、彼は寂しそうに笑って眼鏡をかけた。

 やはりつらいのだ。母親に忘れられたという事実が、フェリオスの心を苦しめている。


 ――でも、変化はあったわ。

 

 私はまだ、諦めたくない。

 ティエラ様にご自分の子供のことを思い出してほしい。


 でもティエラ様がフェリオスを思い出すということは、皇帝に関するつらい記憶まで取り戻すことになるかもしれず……。


 苦しみから逃れたティエラ様と、今もなお苦しんでいるフェリオス。

 私は二人をどうやって救えばいいんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る