第31話 酔っ払い
「ずうずうしい……! 俺の婚約者を勝手に景品にするな!」
「そなたが勝てばいいだけの話だ。準備はよいか?」
「さっさと始めよう。膝枕など絶対にさせないからな」
「あの、お二人とも……?」
本気ですか?――と訊く前に勝負が始まってしまった。
アシムと呼ばれた男性がひしゃくでゴブレットに酒を注ぎ、イスハークとフェリオスが飲み干す。
水のように飲むから、見ているだけで気分が悪くなりそうだ。
変な酔い方しないといいけど。
「カリエ、私の部屋から薬箱を持ってきてくれる?」
「分かりました!」
背後に控えていたカリエに頼み、薬箱を持ってきてもらった。
「さすがだな、巫女姫。酔いに効く薬を作っておるのだろう?」
「ええ。フコン草とハン草の根を合わせて飲むと、二日酔いに効き目があるのです」
王と皇子は物珍しそうな顔で私の手元を見ているが、その間もゴブレットを簡単に空にしてしまう。イスハークが酒好きなのは知っていたけれど、フェリオスまで飲みなれているとは知らなかった。
「お二人とも、お酒に強いのですね。でも無理は禁物ですよ?」
「心配せずとも大丈夫だ。俺は毒に慣れているから、体の異変はすぐに分かる」
「そ……そうですわね……」
そうか、酒も毒物に入るのだ。
フェリオスの体は何年も毒に侵されてきたから、分解する能力も普通の人間より優れているのかもしれない。
でもその能力のために、どれだけ彼が苦しんだのだろうと考えると……ただ、悲しい。
本来なら、毒の苦しみなんて知らずに育つべきなのに。
「……そんな顔をするな」
唇を噛んでいると、フェリオスが私の頬にキスをした。
ふわりとお酒の香りが漂い、ほろ酔いで瞳が潤んだフェリオスと目が合う。
うぅっ……!
お酒のせいで、色気がいつもより倍増してる!
「っだああぁ! なんだそれは! 余に見せつけておるのか!?」
あ、しまった。
イスハーク王のこと忘れてた。
王は悔しそうに顔を歪め、がぶがぶと酒を飲んだ。しかし飲みながら肉を食べたりもするので、悪酔いしないよう考えているらしい。
飲みなれているのがよく分かる。褒めたものじゃないけど。
とっぷりと夜が更けたころ、飲み比べは終了した。
イスハークはキルトの上に大の字になって、酷いいびきをかいている。フェリオスはかろうじて体を起こしているが、目には力がなく、とろんとして眠そうだ。ちょっと可愛い。
「樽の重さを比べます」
アシムが二つの樽を交互に持ち、重さを比べるような動きをした。
なんどか持った後に首をひねり、私の方へ視線を向ける。
「公平をきすために、巫女姫さまも持って頂けませんか?」
「え、ええ。分かりました」
樽をもつ瞬間、緊張が走った。
イスハークの方が軽かったらどうしよう。
正直、彼を膝枕するのは嫌なんですけど……!
「……あら? こちらの方が微妙に軽いわね。ほんの少しだけど」
「ですよね。では今回は、フェリオス殿下の勝ちでございます」
「や、やった……」
勝ちと告げられた途端、フェリオスは床に倒れこんだ。
顔はあまり赤くないけれど、やはり相当酔っているらしい。気力で体を起こしていたのだろう。
「アシムさん、この薬をイスハーク陛下に飲ませてあげてください。二日酔いに効くはずですわ」
「ありがとうございます」
アシムはもう一人の従者と一緒に、イスハークの腕と足を持って部屋を出て行った。かなり手馴れた動きだ。王が酔っぱらうのはいつもの事です、という感じ。
「フェリオス様、大丈夫ですか? お部屋に戻りま……きゃあっ!?」
黒い上着に包まれた体を揺らすと、床に倒れていたフェリオスはずるずると動いて私の膝に顔を乗せた。
膝というより、太ももの上だ。
温かい吐息が布ごしに伝わってくる。
「ひっ……! や、ちょっと! 動けるなら起きてください!」
「勝者には、膝枕……。そういう約束、だっただろう。ああ……柔らかい…………」
「っ、~~っ!!」
立ち上がってしまいたい。
立って、太ももの上のモノを何とかしたい。
でもフェリオスが頑張ったのは、膝枕のためだったのかと思うと――。
「ずるい。フェリオス様はずるいですわ! こんな時だけ、可愛い顔を見せるんですもの」
フェリオスは私にしがみ付いたまま寝てしまった。
さらさらした黒髪は、触れてみると思ったよりもふわりと軽い。髪の毛が細いのだ。
小さな子にするように頭を撫でても全く起きる気配はなく、むしろ気持ち良さそうに微笑んだりする。
可愛いっ……!
普段は無表情だからこその可愛さ!
「よく頑張りましたね……。フェリオス様はいい子ですね……」
なでなで。なでなで。
このままずっと撫でてあげたい。
フェリオスは以前、母は心を病んでいると私に教えてくれた。子供の頃につらかった分、今だけは甘やかしてあげたい。
私ではお母さんの代わりにならないだろうけど。
「姫様、クッションをお持ちしました」
「ありがとう。今夜はここで休むことになりそうだわ……。カリエも下がっていいわよ」
「はい。あたしは隣の部屋で休ませてもらいますので、何かあったら呼んでくださいね。ドアの外には騎士の方もいますから」
「うん。おやすみ」
カリエが下がったあと、キルトの上にクッションを何個も並べて寝床を作った。すでに食器は片付けられ、大広間にはキルトが残るのみだ。
その上に、眠るフェリオスと彼を撫でる私。
フェリオスは相変わらず私の薄っぺらいズボンにしがみ付いていて、無理に引きはがしたら破れそうである。
破れなかったとしても、下着が見えるなどの惨事が起こりそうで怖い。
「しょうがないなぁ…………」
口ではぼやきながらも、私はずっとフェリオスを撫でていた。
ランタンがほのかに光る部屋の中で、柔らかな黒髪をずっと撫でつづけた。
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