第30話 踊り娘
晩餐は大広間でとることになった。
ディナルの人々は食事をする際、床にキルトという布を敷いてその上に座る。フェリオスはあらかじめ用意していたらしく、広間に大きなキルトを十枚ちかく並べさせていた。
しかも、最高級のテネシャ織りキルトだ。
エンヴィードの皇族って、ロイツの金銭感覚とはズレているのね――と思わずにはいられない。
子供の頃から清貧を叩きこまれて育った私が特殊なのかも知れないけれど。
お高いキルトの上に食事が盛り付けられた皿が並び、イスハーク王を始めとしたディナルの人々が座る。王の両脇には当然のように美女が座り、食前酒をイスハークの杯にたっぷりと注いだ。
で、私はというと。
イスハークがディナルの衣装を着てくれとしつこく頼むので、別室で着替えている。露出は多くないが生地はかなり薄く、踊り娘の衣装に近いデザインだ。
前合わせの半袖に、下はだぼっとしたズボン。足首のあたりは細くなっていて動きやすい。
床に座っての食事だから、ズボンの方がいいかなとも思うけど。
「姫様、とてもお似合いですよ! まるで踊り娘のようです」
「透けたりしていない?」
「大丈夫です。あっ、そうだ。せっかくだし、アクセサリーも踊り娘のようなものを付けてみましょう!」
「え、ええ」
なぜかカリエは嬉しそうだ。
ディナルの衣装を見るのが初めてで、楽しいのかもしれない。
「さあ、出来ましたよ! 皇子殿下に見せてあげてください。きっとお喜びになります!」
「あ、ありがとう……?」
数分後、鏡には踊り娘のような娘が映っていた。額の中心に雫型のルビーが光り、同じ形のやや大ぶりな耳飾りが頬の両脇で揺れる。
でも踊り娘というには胸のボリュームが足りないし、顔だって童顔で――少女が無理して背伸びしたように見えるような……。
本当にフェリオスは喜ぶだろうか。
踊り娘と比べてガッカリしない?
「もっと寄せて上げてみたら良かったかな……」
「えっ? どうしたんですか?」
「何でもないわ。大広間に行きましょう」
無いものねだりしても仕方ないか、と諦めて歩きだすと、手首と足首に付けられた装飾具がシャラシャラと音を立てた。
不思議だ。
服装が変わっただけなのに、まるで踊り娘になった気分である。
広間の扉が見えてきたころ、廊下の反対側から踊り娘の集団が現れた。私が着ている衣装とほぼ同じで、このままだと混ざってしまいそうだ。
「カリエ、少し廊下で待ちましょ……え?」
広間に入るタイミングをずらそうと思ったのに、踊り娘たちがなぜか私の腕をとって一緒に入ろうとする。
西大陸は広くて言語もバラバラなため、彼女たちが何を言っているのか分からない。
「違います、私は踊り娘ではありません! ちょっと! お願いだから放して!」
「ひ、姫様?」
呆然とするカリエを廊下に残し、とうとう大広間に入ってしまった。
天井には太陽のように
踊り娘たちは容赦なく私を舞台へ連れ出し、そのまま音楽が始まってしまう。涙目で周囲を見渡すと、ニヤニヤ笑うイスハークとぽかんとするフェリオスが見えた。
やられた。
イスハークは最初から私を躍らせるつもりだったんだ!
「……いいわよ。そんなに踊って欲しいなら、踊ってあげるわ……!」
二度目の人生では、数え切れないほど踊り娘たちと共演したのだ。
踊りはすべて頭に入っている。
曲に合わせて踊り娘たちがステップを踏み、薄い紗のストールをひらひらと動かした。
この曲――『砂漠の月夜』だ。
肩に掛けていたストールを指で摘まんでふわりと宙に浮かせると、透けた布地の向こうにフェリオスの顔が見える。
彼らしくない、ぼんやりとした表情。
夢でも見ているような、唖然としているような……もしかして、と不安になってきた。
私と踊り娘たちを比べてガッカリしてるの?
今さらだけど、やっぱり胸になにか詰め込んでくればよかった……!
早く終わって!と心の中で悲鳴をあげた時、ようやく曲が終わった。踊り娘たちに混ざって一礼し、逃げるように舞台から降りる。
「いやぁ、いい見ものだった! 巫女姫よ、すごいではないか。どこで踊りを覚えたのだ?」
「……秘密です」
大声ではやし立てるイスハークをじろりと睨み、フェリオスの隣にそそくさと座る。
彼はまだぼんやりとしていて、手に持った杯からお酒がこぼれそうだ。
「フェリオス様、こぼれそうですよ」
「あ、ああ……」
「分かりやすい奴め。巫女姫に見とれておったんだろう!」
「えっ。本当に!?」
踊り娘じゃなくて!?
あわててフェリオスの表情を伺うと、彼は恥ずかしそうに私から顔をそむけた。横顔になった彼の目元がほんのり赤く染まっている。
酔ってるの?
それとも照れてるの?
どっちよ!
「ほ、本当ですか、フェリオス様! 踊り娘と私を比べて、ガッカリなさったんじゃありませんの?」
「なんだそれは。ガッカリなんてするわけがないだろう。あなたはとても……とても、綺麗だった。巫女という名のとおり、天の使いかと思うような美しさだった」
「……!!」
ぼふっ!と顔から火が出るかと思った。
美形の大マジメな賛辞は、破壊力が強すぎる!
まっ赤になった私とフェリオスをイスハークが恨めしそうに見ている。
ぎりぎりという歯軋りまで聞こえてきそうだ。
「くっ、羨ましくなど…………羨ましいわい! フェリオスよ、そなたはどこまで強欲なのだ!? 彫刻のように整った顔をしておいて、さらに巫女姫の愛まで受けるとは……この欲張りめ!」
「顔は俺のせいじゃない。イスハーク陛下だって、妃を何人もかかえているくせに――」
「やかましい! 色男め、余と勝負せよ!」
「ちょ、ちょっと? イスハーク様?」
急に不穏な空気になってきた。
刃物なんて持ち出されたらどうしよう――オロオロと二人を見比べていると、イスハークは大広間のすみに置かれた
「飲み比べで勝負だ!!」
――飲み比べ?
決闘でなくて良かった。
ほっと胸を撫で下ろしたが、フェリオスは憮然としている。
「なぜ飲み比べをする必要があるんだ。イスハーク陛下が勝手に嫉妬しただけなのに」
「ははあ、巫女姫の前で酔いつぶれるのが怖いのだな? そうだろうなぁ。四年前はそなた、負けておったしなぁ」
メキィ!―――隣から何かが壊れるような音がした。
恐るおそる視線を向けると、フェリオスが持つ杯がひしゃげている。
き、金属製のゴブレットが……!
「面白いことを言う。いいだろう、四年前の俺とは違うということを証明してみせよう」
「そうこなくては! アシム、樽を運んでまいれ!」
「はっ」
屈強そうな男性が軽々と樽をかつぎ、イスハークとフェリオスの前にひとつずつ置いた。ファーキンと呼ばれる最も小さい樽だが、通常は4~5人で飲む量である。
「時間は無制限、樽を軽くしたほうが勝ちだ。勝者には、そうだな……巫女姫に膝枕をして頂こう!」
「…………はい?」
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