第32話 耳?

 誰かが私の頭を撫でている。

 なんどかよしよしと撫でたあとには、頬をつんつん押したりしている。


「うぅん……カリエ? もっと普通に起こしてよ……」


 しかめっ面で文句をつぶやくと、その誰かはくくっと笑った。

 やけに低い声だ。カリエではない。


「……?」


「おはよう」


「えっ? ……はっ?」


 開いた視界のなかで、フェリオスがくすくすと笑う。クッションに肩肘をついて寝そべっていて、寝起きの乱れた髪のせいか少年のような雰囲気だ。


 ――というか、見てないで起こしてくれたらいいのに!


「お、おはようございます……! もう、起こしてくださったらいいのに。寝顔を黙って見てるなんて、ひどいじゃありませんか」


「昨夜のお礼だ。俺を撫でてくれただろう?」


「気づいてましたの!? 寝てると思ったから撫でたのに……!」


「気づいたのは最初だけだ。途中からは記憶がない……。こんなにぐっすり眠れたのは、あなたのお陰だと思う」


 そう言うと起き上がり、腕を上げて体を伸ばしている。


 美形ってすごい。

 髪の毛がぼさぼさでも、格好よく見えるのね!


「二日酔いの症状も無さそうですね」


「夜中にあなたが作ってくれた薬を飲んだからな。水もかなり飲んだし」


 立ち上がったフェリオスは私に向かって手を差し出した。武骨な手をとって私も立ち、う~んと伸びをする。変な姿勢で寝たせいか腰が痛むが、気分は悪くなかった。


 ふと大広間の出入り口へ視線を向けると、ドアがうすく開いて顔がいくつか覗いている。

 カリエと、ウェイドとエルビンと――。


「あら、イリオン様じゃありませんか! 来てらしたの?」


「そりゃ来るよ、ディナルの王がいるんだし。父上の代わりに挨拶ぐらいはしないとね」


 フェリオスの弟であるイリオン皇子だ。彼はエンヴィード内にあるフェリオスの領地を任されているが、イスハークに会いに来たらしい。


 イリオン皇子は遠慮なく大広間へ入ってきて、ニヤニヤしながら私たちの様子を観察した。

 首をかしげたり、うんうんと頷くような動きをする。


「……なんですの?」


「すっかり仲良しだなぁと思って。あんたさ、耳の下に……んぐっ!?」


「ララシーナ、湯浴みをしてくるといい。イリオンはイスハーク陛下のところへ挨拶しに行くんだろう。今すぐ行ったほうがいいぞ。二日酔いしてないか、様子を見てきてくれ」


 喋りかけたイリオン皇子の口元を押さえたまま、フェリオスは弟を引きずるようにして出て行った。

 その間もイリオンはずっとモガモガ言っていたが、容赦なく連行された。


「……何なのかしら。まあいいわ、私も湯浴みに行こう」


 いつもの起床時間より遅いので、手早く湯浴みを終えて朝食の会場へ向かう。すでに昼に近いためか、室内にはさんさんと太陽の光が差し込んでいた。


「おはよう、巫女姫! そなたの薬はよく効いたぞ!」


「おはようございます、イスハーク陛下。お元気そうで何よりですわ」


 朝っぱらからデカイ声で挨拶してくるイスハーク。彼にもフェリオスにも全く二日酔いの症状がない。いくら薬が効いたとしても、ここまで回復するものだろうか。恐ろしい二人だ。


 大きなテーブルには湯浴みを終えたらしいフェリオスと、何故かにやにやするイリオンもいる。

 何なのだろう、あの顔は。面白がっているふうで気味が悪いんですけど。


「姫様」


 テーブルから少し離れた場所で、カリエが耳打ちのように小声で話しかけてきた。


「なぁに? そんな小声で……」


「右耳の下は、絶対にイスハーク陛下に見せないようになさってください。ぜっったいに!」


「え、ええ……」


 カリエはいつになく真剣な表情で私をおどしたあと、普段のにこやかな顔に戻った。


 だから今日は髪をおろしたままにしましょうと言ったのね。しかしイリオンといいカリエといい、そんなに私の耳が気になるのか。


 私の右耳、一体どうなってるの?

 変なところで寝たから、跡でもついてるのかしら。


 耳を見られるのが恥ずかしくて、髪の毛で隠しながら朝食をとった。


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