第12話 苺ですけど?
「お兄様ったらひどいんです! わたくしがちゃんと果物を食べているか騎士にチェックさせて、報告までさせてるんです!」
「それだけエイレネ様のことが大切なのですわ。お元気になられて本当に良かった」
何日かたち、私は再びエイレネ姫のもとを訪れていた。
姫の顔色も肌の様子も見違えるようだ。
子供らしく瑞々しい頬、健康的な桃色の爪。
生まれつき心臓が弱いので激しい運動はできないそうだが、少なくとも命を落とす心配はなくなった。壊血病は進行すると死んでしまうこともある。
もし誰も気づかないままであれば、姫は半年以内に亡くなっていた可能性も――。
「あっ、まさか!」
「えっ? お義姉さま、どうしましたの?」
「ごめんなさい、何でもありませんわ」
おほほ、とごまかしながら竪琴をひく。
まさか――まさかとは思うけど。
フェリオスが巫女姫を殺しに来たのは、エイレネ姫を失ったことで神を恨んだからではないだろうか?
この世界は女神ガイアがお創りになったと言われている。
離宮を建てるほど溺愛する妹姫を失ったフェリオスがどうなるかなんて、少し考えれば分かることだ。彼はきっと絶望し、女神を――ガイア教を恨んだに違いない。
本当は女神そのものを殺したかったのだろう。
でも人間の身で神に辿り着くことなど出来ないから、巫女姫を殺し、ロイツを滅ぼそうとしたのでは?
もちろん憶測でしかないけど、流れとしては自然な気がする。
つまり、エイレネ姫が助かった今、フェリオスはロイツ聖国へ攻め込んだりはしないはず!
「今日のお義姉さま、とても楽しそうです。なにかいいことでもあったのですか?」
「それはもちろん。エイレネ様がこんなに元気になられたのですもの!」
ああ嬉しい!
二ヶ月間、色々と頑張った
「今日はエイレネ様にお土産を持って参りました。苺がお好きなのですよね?」
「はい。わたくし、果物のなかでは苺がいちばん好きです!」
「苺は六の月に子株が出来るそうですわ。農園の方に苗を分けて貰いましたので、今から植えてみませんか?」
「わあ! やってみたいです!」
私と姫は外へ出て、日当たりのよい場所を探した。
苺は日が当たらないと赤くならないのだ。
「奥方さま、南側の花壇の一部が空いているそうです」
「ではそちらへ植えましょうか」
エルビンの案内で花壇へ行くと、確かに一部空いている。
荷から苗を取り出して運んでいる途中、門の方から黒い軍服を着た青年がやってきた。妹の様子を見に来たらしい。
「エイレネが外へ出ているのは珍しいな。元気になって良かったじゃないか」
「あっ、お兄様! ちゃんと果物食べましたからね!」
エイレネ姫はべえっと舌を出して、私の後ろにささっと隠れた。
反抗してみたいけどちょっと怖いんだろう。
私は苦笑いしているフェリオスに話しかけた。
「フェリオス様も苺を植えてみますか?」
「苺? どれが?」
「これです」
苗を差し出すと、彼は目を丸くして固まった。
たっぷり数秒固まったあとには、顎に手をあてて不思議そうに首をひねっている。
「苺は木に実がつくんじゃないのか? ただの草に見えるが」
「……フェリオス様……。苺というのは草のように地面から生えるのです。この草のような物から実が取れるんですよ」
ぷっ、あはは!
あーもう駄目、笑っちゃいそう!
耐え切れなくなり、フェリオスに背を向けて口元を押さえた。
「笑っているんだろう。体が震えているからすぐに分かる」
「す、すみません。フェリオス様でも知らない事があるのだと思いまして」
「そうだな。俺が得意なのは戦争と政治だけだから」
皇子はやや不機嫌そうな顔で苗を持ち、花壇にしゃがみこんだ。
私の横でエイレネ姫も笑っている。
「さすがお義姉さま! お兄様をこんな風にすねさせるなんてすごい!」
「も、もうこの辺でやめておきましょう。笑いすぎてお腹が痛いです」
目じりに浮かんだ涙をふきつつ、フェリオスの横に並んだ。
艶やかな黒髪が美しい兄妹と一緒に苺の苗を植える。
私はこの兄妹が好きだ。
二人とも可愛いところがあるし、守ってあげたいと思う。
どうかこの先も、二人といい関係を築けますように。
ロイツとエンヴィードの間で戦争が起こりませんように。
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