第11話 ようやく聞けた言葉

 日が沈んだ頃、今度は私からフェリオス皇子を誘って晩餐をともにした。


 皇子も疲れているのか顔色が悪い。

 この人の場合、とにかく仕事をしすぎなのだ。


「お疲れのところすみません。エイレネ様のことで気づいた事がありまして……」


「なにか分かったのか?」


 フェリオスは間髪いれず口を開いた。

 やはり相当心配している様子だ。


「エイレネ様は恐らく、壊血病ではないかと」


「壊血病?」


「新鮮な果物や野菜を食べないとかかる病気です。進行すると太ももに大きな痣ができたり、歯茎から出血したりします」


「……!」


 フェリオスは何かに気づいたようにハッとし、片手を口元に当てた。


「何か思い当たることがあるのですか?」


「あなたの言う通りだ。あの子の脚には大きな痣がある……。エイレネは偏食が激しいんだが、まさかそのせいで病気になるとは思わなかった。腹を壊しやすい場合でも、生の果物を食べて大丈夫だろうか?」


「いちど沸騰させてから冷ました水で果物を洗えば、お腹を壊したりしないはずです。生の果物を少しずつ、定期的に食べると強い体になりますよ。風邪にも負けなくなりますわ」


「分かった、やってみよう。ありがとう…………ララシーナ」


 ――ん?

 なんですって?


 衝撃的な言葉を聞いたせいか、口が閉じなくなった。

 ぽかんとする私を見て、フェリオスが顔をしかめている。


「何なんだ、その顔は」


「い、いえ。だって、初めて名前を呼ばれたんですもの」


 皇子はまたハッとした顔をし、今度は気まずそうに俯いた。

 まさか気づいてなかったんですか。


「……すまない。今度から積極的に、あなたの名を呼ぶことにする」


「別に無理しなくても……」


「無理などしていない。俺が呼びたいから呼ぶだけだ」


 っはあああ!

 美形がそういうことを平然と言うから、世のなかの女性は勘違いするのですよ!


 ――と説教をかましたい気分であったが、寸でのところで我慢し「そうですか」と答えるにとどめた。


 全く、皇子殿下にはもう少し自分の顔に責任を持っていただきたいものだわ。

 美形だという自覚はないの?

 危なっかしい人だわね。


 その後の食事はほとんど味がしなかった。


 私だって心の中に乙女の部分があるのだ。

 低く魅力的な声で名前を呼ばれたら、ときめいたりもするのだ。


「もうちょっと、大人っぽい体だったら良かったわ……」


「姫様はとても魅力的ですよ。お顔だって可愛らしいし、スタイルだっていいじゃありませんか」


 湯浴みのときに呟くと、カリエが呆れたようにため息を漏らした。


「無いものねだりってことは分かってるのよ。でも、婚約者があれだけ美形だと、張り合いたくなるじゃない?」


「ああ、確かに……。あたしも皇子殿下のように美しい殿方は初めて見ました」


 改めて自分の体を見下ろしてみる。

 私の胸は小さいわけではない。かといって大きいわけでもない。一般的なサイズだと思うけど、フェリオス皇子からするとどうなんだろう。


「姫様、もしかして……。皇子殿下のことがお好きなんですか?」


「えっ!? 好き!? いえ別に、好きってわけじゃ…………」


「好きになってもいいじゃありませんか。皇子殿下は確かに怖いお方ですけど、姫様の脱出を見逃してくださったでしょ。あたしが部屋に一人で残ってるときも、怒られたりしませんでしたよ」


「へえ、そうなの……」


 確かに脱出がばれた日、カリエは泣いていなかった。ただ不安そうな顔をしていただけだ。

 私は少し怒られてしまったけど、皇子はあっさり許してくれたし。


 私、フェリオスが好きなんだろうか。

 二度目の人生では結婚もしたのに、今さら少女のようにドキドキするのはどうしてなんだろう。


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