第13話 事件発生
数日後、私は石鹸工場で精油の抽出をしていた。
周囲にはガントさんを始めとした工場で働く人たち、そして二人の騎士。さらに何故か蒸留器を作ってくれたお爺さん――ヘルムさんまで見学に来ている。
「ここに原料のハーブを入れます。今回はお城で山ほど咲いている薔薇を使いますわ」
ウェイドとエルビンが荷車で運んでくれた大量の花びらを蒸留器にセットし、下部から火を当てる。
騎士に下働きをさせているという事実はフェリオス皇子には内緒である。
「ほおお……。予想どおりだ。出てきた蒸気を冷やして、油と蒸留水に分けるんだな」
ヘルム爺さんが興味津々な様子で実況し始めた。
そのうち蒸留器を自作しそうだ。この爺さんならやれると思う。
「出てきた蒸留水はせっかくだから、小瓶に入れて化粧水として販売しましょうか。上澄みの油が石鹸に使う精油です」
私が説明を続けている間、ガントさんはきちんとメモを取っている。
見た目はガタイのいいおじさんだけど、意外と几帳面な人なのだ。
「――という流れですわ。何か不明点はあります?」
「いいや、大丈夫だ。それより姫さん、香りつきの石鹸はお洒落な型に入れたほうがいいんじゃねえか? うちのカミさんが、もっと色んな形があったらいいわねぇなんて言ってたぜ」
「それはいい考えだわ! 香りつき石鹸は女性をターゲットにしたいから、形も変えた方がいいでしょうね」
私たちはその後数時間に渡り、女性向け商品について意見を出し合った。
とっても楽しい。
私、お妃さまより商売人の方が合ってるかも。
最終的に、円形で中央に模様のある型、花の形をした型の二種類をヘルム爺さんに作ってもらうことになった。デザイン画を受けとったヘルム爺さんは「この部分が」だの「材質は」だの言いながら、工房へ戻って行った。
十日ほど経ち、ようやく市場に香りつき石鹸を売りに出したが反応は上々だ。
予想どおり女性のお客さんが多く、石鹸を買うついでに化粧水も購入してくれる。
数種類の香りを用意したところ、予想通り薔薇の香りが最も多く売れていった。
「今後は比率を変えた方がいいかもしれないわね……。薔薇をメインにしつつ、他の香りも新製品として出そうかしら」
「今度は薔薇園を作りたい、なんて言わないだろうな?」
机に向かってぶつぶつ言ってると、少し離れた場所から低い声が響いてくる。
誰かなんて考えるまでもない。
私の婚約者さまである。
事業を起こしてから二ヶ月以上たち、私の部屋は資料や書類だらけになってしまった。室内の惨状を目にしたフェリオス皇子は呆れ、私に執務室の一画で働くように命じたのだ。
皇子様が使う執務室はとても広いので、私ひとりが増えたところでほとんど影響はないらしい。
「薔薇園なんて作りませんわ。お城の庭に、たくさん咲いているではありませんか」
「そうか? あなたはときどき突拍子もないことを言い出すからな。今度はなにを企んでいるのか楽しみだ」
「……ご期待に沿えるよう、頑張ります」
フェリオスは私を観察して面白がっているようなところがある。
確かに面白いでしょうよ。
私は巫女らしくもないし、壁のぼりするとこも見せちゃったしね。
でも脱出を見逃し、私に好き放題させているフェリオスだって変わり者だと思うけど。
ハッと我に返り、手元の資料に視線を戻す。最近の私はどうもおかしい。ふとした拍子にフェリオスのことを考えたり思い出したりしてしまう。
今はそんなことより、精油だわ。
次の香りは――。
考えに没頭しかけたとき、部屋にノックの音が響いた。
「失礼いたします。奥方さまにお客様が――」
「大変だ、姫さん! 精油が盗まれちまった!!」
「えっ!? が、ガントさん!?」
案内した騎士を押しのけるようにして、ガタイのいいおじさんが入ってくる。
ガントさんは机に向かう私とフェリオスを見比べ、ぽかんと口を開けた。
「……姫さん、本当にお姫さまだったんだな。いつもオレ達に混ざって灰まみれになってるけど、そうしてると皇子殿下の婚約者に見える」
「ガントさん! ご用件は!!」
「おっとすまねぇ! 皇子殿下、失礼させて頂きます! 実は昨晩、工場に誰かが入ったみてぇなんだ。そんで精油の瓶を根こそぎ盗まれちまって」
「えっ、全部!? 結構重たいはずですのに」
「それに昨日、ヘルム爺さんのとこにも変な客が来たみたいだぜ。香りを取り出す装置を作れと言われたが、設計図がないから無理だと断ったんだとよ」
「その変な客はどんな奴だった? 服装や顔の特徴について聞いていないか?」
話を聞いていたフェリオスは顔を上げ、ガントさんに尋ねた。
とても真剣な表情で。
「ええと……爺さんの話によると、かなり身なりがいい中年の男だった……です。話し方も町民というより、上流階級の人間だったと。あ、鼻の横にでかいホクロがあったとも言ってたかな?」
フェリオスの鋭い眼光に驚いたのか、ガントさんはしどろもどろしながら答えた。
その間も皇子は顎に手をあて、何かを考えている。
「殿下? どうなさいましたの?」
声を掛けると皇子は私の方を見て、口元だけでニヤリと笑った。まるで獲物を見つけた獰猛な獣のようだ。鳥肌がたち、背筋にぞわりと悪寒が走る。
本気で怖いんですけど!
「犯人に心当たりがある。俺に任せてもらえないか?」
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