第8話 初めての戦闘

「……この先だな」


3人は、通路の先に浮かぶ青白い光を目指して進んでいた。

石造りの道が少し広くなり、天井もわずかに高くなっている。


「部屋か……?」


秋人がそうつぶやいた先に現れたのは、四角い広間のような空間だった。

苔むした石の壁。中心には、古びた石の台座。

その上に、何かが置かれていた。


「……宝箱?」


「マジで……ゲームみたい……」


リクがポツリと呟き、3人は足を止める。

蓮が一歩前に出て、慎重に周囲を確認しながら近づいた。


「……罠はなさそうだな。蓋、開けるぞ」


秋人とリクが頷くのを確認してから、蓮がゆっくりと蓋を持ち上げる。


──ギギギ……。


中には、一本のガラス瓶が丁寧に布に包まれて収められていた。

中身は、透き通った青い液体。瓶の表面には古い模様のような装飾が刻まれている。


「……ポーション、か?」


秋人が口にした言葉に、リクが食いついた。


「ほんとに? 回復薬的なやつ!? やばっ、やばっ、マジでテンション上がるんだけど!!」


「しっ、声でかい。音、響くぞ」


蓮が警戒するように言ったが──


そのときだった。


──クチャッ、クチャッ……


また、聞き覚えのある不快な音が響く。


3人が一斉に振り向く。

通路の奥から、前と同じサイズの影が、ゆっくりと現れた。


赤黒い目。崩れたような顔。腐った肉のような体躯。

ゴブリンが、再び現れた。


「ッ……また、来た……!」


リクが後ずさる。

秋人は素早くバールを構え、周囲の地形を一瞬で確認する。


「狭くはない。逃げ道もある。リク、後ろ下がって。蓮、正面、任せる!」


「任せとけ!」


蓮がハンマーを構え、ゴブリンに向かって突っ込んだ。

その体勢は、素人とは思えないほど低く、重心が安定している。


──ドガッ!


蓮のハンマーが、ゴブリンの脇腹にクリーンヒットする。

肉が潰れるような音とともに、ゴブリンが叫び声を上げて転がった。


「……倒した!?」


「違う、まだ動いて──!」


秋人の声が届く前に、ゴブリンは素早く起き上がり、蓮の腕に向かって爪を振るった。


──ビシャッ!


蓮の腕に浅く血がにじむ。


「ッ……ちょ、いてぇなこの野郎!!」


蓮がもう一度ハンマーを振るう。今度は横薙ぎ。

ゴブリンは避けきれず、顔面に一撃を食らってよろめいた。


秋人は横からバールを突き出し、ゴブリンの足をすくうように叩く。


「動きを止めろ!」


──ガンッ!


金属の音。ゴブリンがバランスを崩す。


「い、今だ!!」


リクが叫ぶようにして園芸杭を構え、必死に突き出す。

手は震えていたが、杭はしっかりとゴブリンの胸のあたりに刺さった。


──ギャァアアアアアッッ!!


ゴブリンは最後の絶叫を上げながら、石の床に倒れ込んだ。

もがきながら数秒動いたあと、その体から力が抜ける。


「……やった、か?」


静寂。

3人の息遣いだけが、広間に響いていた。


「……やった……俺ら、倒した……!」


リクが杭を持ったまま、へたり込む。目は見開かれ、息は荒い。


「……ッ……ちょ、腕……血、出てんな……」


「浅い。かすっただけだ」


蓮は傷口を押さえながらも、平然と立っていた。

喧嘩慣れしているとはいえ、生死を賭けた戦いにアドレナリンが出ているのか、あまり痛みを感じていないようだ。


「マジで……俺たち、ゴブリンと戦ったんだな……。死ぬかと思った……」


秋人はしばらく黙ったまま、ゴブリンの亡骸を見下ろしていた。

今になって、手足が震える。

生き物を殺したという、嫌な実感が足元から冷たい風となって伝わってくるようだった。


誰も言葉を返さなかった。

ダンジョンへの高揚感、拾得物へのワクワク、初めての戦闘の余韻。

それら全てがここ数日まで無かったものである。

誰かが頬を叩く音が響いた。

現実なのか夢なのか、未だ区別がつかない。

けれど──確かに、ここに“戦った証”があり、これが現実なのだと強く意識した。



結局、3人は帰路につくことにした。

ポーションは秋人がバッグに入れ、足早にその場を離れた。


時間にして1時間程度の冒険であったが、3人は途方もなく疲労感を感じていた。

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