おまけ 神崎翔太と斎藤優美の夏
小さな滑り台の上。翔太は、ぶらぶらと足を揺らしていた。
誰もいない公園。夕方の風が、少しだけ肌寒い。
「あーあ……」
背後から、砂を踏む音。
振り返ると、エコバッグの口からネギをのぞかせた優美が立っていた。
「翔太、なにやってんの」
「……お使いか?」
「そ。通ったら、なんか黄昏てたから見に来た」
翔太は滑り台を降りて、ベンチに移る。優美も隣に腰を下ろした。
「……そう見えた?」
「うん」
「舎利倉さ、モッチーだったよ」
「聞いた。杏から」
「……また、やらかしたわ、俺」
「うん」
優美の即答に、翔太はつい笑う。けれど、それもすぐ消えた。
「……頭じゃわかってんのに、ダメなんだよな。止まらないっていうか、もう、勝手に口が動いてる感じ」
「中学になってチャラ男にジョブチェンしてからは、かなりマシになったよ」
「ちぇ。……でもほんと、やってるときは気づかないんだよ。気づいたときには、もう遅い」
翔太は膝にひじをのせ、ぐっと前かがみになる。
「俺、性格悪いのかな」
「うーん」
「はっきり言ってくれよ」
「性格は悪くないと思う。バカだけど」
「ひでぇ……」
翔太は肩をすくめて笑った。
けど、優美のその遠慮ない言い方が、なんとなく救いだった。
「直したい?」
しばらく黙ってから、翔太が口を開く。
「……なんでだろな、優美にはこういうの言えるの」
「知らないよ」
翔太は笑った。
ぐちゃぐちゃの気持ちの中で、少しだけ、呼吸が楽になる。
優美が立ち上がる。
「……帰んの?」
「うん。帰る」
「そのバッグ、貸せ」
翔太は優美のエコバッグをひょいと持ち上げた。
「……優しいね」
「俺が?」
笑いながら歩き出す翔太に、優美が背中で言う。
「少なくとも私は、あんたに泣かされたことないよ」
「……そうだっけ」
「明日、杏に謝りなよ」
「わかってる」
「許してもらうためじゃなくて、自分のために。ちゃんと反省して、頭下げなよ」
********
優美は合鍵を刺して、ドアノブをひねった。
「翔太ー、いるー?スイカ持ってきたー」
リビングのソファ。
翔太は仰向けに寝ていた。声をかけたら目を開けた。
「……スイカ食べる?」
「……ん。いる」
起き上がる気配はなかったが、しばらくして、やっと体を起こして隣の椅子に座った。
スイカをかじる音だけが響く。
甘い汁がこぼれて、翔太は手の甲で拭った。
「……なんか、さ」
ぽつりと声が出る。
「俺、何やってんだろなって」
「……また反省大会?」
「……なんか、ムカつくと……わけわかんなくなるっつーか……言っちゃいけないのに言っちゃってさ……で、なんか……結局、全部、うまくいかなくて……」
優美はスイカの種を、黙って紙ナプキンの上に置いている。
「俺さ……普通にできねぇのかな。なんか……まともっていうか……」
翔太の声が、だんだんかすれる。
「……何が悪いんだろ、俺……」
「……多分、さみしいんだよ。あんた」
「へ?……俺が?」
「じゃああんた今、満ち足りてる?」
翔太は口をへの字に曲げて、またスイカをかじった。
そのまま、ちょっとの間黙っていた。
「わたし、あんたが落ち着くまで待ってようと思ってたけど、やめた」
「何をだよ」
優美は翔太のスイカを持つ手を掴むと、いきなり彼の口に押し付けた。
スイカがつぶれて果汁があふれる。
「な?!」
驚く翔太。優美はその唇に自分の唇を押し付けた。
そのまま固まる翔太。スイカの香りと優美の香り。甘いその香りと唇の柔らかさを意識した時、心臓が暴れまくっていた。
「あんたバカだからわかんないかもだけど、わたしはずっと翔太が好きなんだよ」
手の甲で唇をぬぐった優美が、挑戦的な光を湛えた瞳で翔太を射抜く。
「もう、イエス・ノーで。好きか嫌いか、どっち?ノーなら帰る」
翔太が口を開く。
「え?どういうこと?」
「どっちなの?」
「……イエス、です」
優美は怒ったような顔で翔太の手を引くと、二階の彼の部屋に上がっていった。
ベットに押し倒される翔太、優美は上から覆いかぶさって翔太の耳元で言う。
「優しくしないと、コロす」
そうしてスカートのポケットから出した、小さなパッケージを翔太に見せてからベットの宮に乗せたのだった。
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