ポットラックでお泊り会



 玄関で、杏とママは並んで車を待っていた。


「じゃあママ、パパのこと、よろしくね」


 パパが杏が外泊するのを心配して、昨夜は大変だったのだ。女友達の家でパジャマパーティーをするという、たわいもなく可愛らしい話なのに。


 友達の母親が直接送迎してくださるから間違いなんて起こらないとママが説得して、パパは渋々納得したのだった。


 バスケットを両手で持った杏に、ママはにっこり笑って答えた。


「任せなさーい。邪魔者がいないから、デリバリー頼んで、パパと新婚みたくラブラブナイトフィーバーよ」


「……ママ、その発言、わたしの精神にダメージくる」


 杏は小さく顔をしかめた。ママは笑いながら肩をすくめる。


「なによ、うちはまだバリバリ現役カップルよ?」


 杏の両親は夫婦仲がいい。


 ――二人で仲良くでかける事も多いよね…え?ええ~っ?!


「じょ、冗談だよね……?」


「ちがいまーす。まじめな話でーす」


「“でーす”って……やめてよー!ハズい」


「失礼しちゃうわね。じゃ、想像してごらん?あんたが真秀くんと結婚して、今のわたしくらいの年齢になったときのこと」


 杏は少し黙って考える。そうしてから頬を赤くした。


 ――うん。わたしも、そうなってるかも。ていうかそりゃ、するよね。


 素直に謝る。


「……うん、ごめん。アリでした」


 ――子どもは“愛の証”って、言うもんね。ちょっと恥ずかしいけど、わたしだってそう思いたい。なのに両親の性生活を否定するのって、都合のいいごまかしだわ。


「でしょ? ママとパパ、杏が生まれる前はそれはもう、凄かったんだから」


 ――ぎょっとする。わ、わたしの“ソレ”って、ママ似なの〜?


 杏は真秀との逢瀬を振り返って“身の覚え”に愕然とした。そっぽを向くと小さな声で吐き出す。


「あー、母親とこんな事でシンパシー感じるなんて、辛い!」




 ちょうどそのとき、白いワンボックスが家の前に滑り込むように停まった。

 スライドドアが開くと、愛実が元気よく飛び出してくる。


「杏ママ、こんにちはーっ! 杏、連れて行きまーす!」


「わ、ちょ、バスケットが!」


「なに赤くなってんの、あんた」


 ぐいぐい腕を引かれて、杏は車に押し込まれる。

 珠樹と優美が三列目シートでニコニコしながら座っていた。






 ワゴンが走り出す、ほんの少し前。


 玄関先では、杏の母と愛実の母がご挨拶中。


「舎利倉さん、杏ちゃん、お預かりしますね」


 愛実ママが穏やかに頭を下げると、杏ママはにこやかに会釈を返した。


「わざわざ迎えに来てくださって、ありがとうございます」


「いえいえ。こうして直接お迎えすれば、少しはご心配も軽くなるかなと思って」


「ええ、ほんと助かります。年頃の娘ですし……まあ、私は信用してるんですけど、うちの旦那がね」

 杏ママは少し肩をすくめて苦笑する。


「ふふっ、父親って、そういうものかも。でもうらやましいです。うちは一人オペだから」

 愛実ママは静かに笑った。


「ご迷惑をおかけしますが、一晩、よろしくお願いします」


「はい。明日の午前中には、ちゃんと送り届けますので」


 そこへ愛実が小走りで戻ってきて、二人の間にぴたりと立った。

 ぺこりと頭を下げる。


「杏ママ、今日はお願いを聞いてくれて本当にありがとう。嬉しかったです」


「いいのよ、楽しんできて。杏のこと、よろしくね」


 杏ママが微笑んで見送ると、愛実は笑顔でうなずき、車へと戻っていった。


 白いワゴンはエンジン音を控えめに、ゆっくりと走り出す。

 杏ママは遠ざかるワゴンに、手を振った。







 パーティは、愛実の家(結構豪邸!)の裏にある離れを使わせてもらった。

 愛実のおじいちゃんおばあちゃんが住んでいた家で、キッチンもちゃんと使えるし、広いリビングにお風呂までついてる。もう、ちょっとした合宿所みたいだ。


 わたしたちはさっそくお風呂を済ませて、ジャージやスウェットに着替えた。

 それから持ち寄った料理をテーブルに並べる。


 ビリヤニは優美。春雨サラダには夏みかんが入っていて、これは珠樹。

 そして愛実は、小さくてカラフルなおにぎりを山ほど。


 で、わたし。

 今日持ってきたのは、リガトーニのアラビアータと、鶏むね&玉ねぎのマリネ、それに、もやしのカレーナムル。


「うっわ、あんた何品持ってきたの!?」

 真っ先に驚いたのは、いつも元気な愛実。


「節約レシピです。ぜんぶ、真秀くんに教えてもらったの」


「え、なに、彼氏と一緒に料理してるの?」

 珠樹がこっちをちらっと見てくる。


「うん。暑いし、出かけるとお金かかるし。だから最近、おうちデートばっかりでさ」


「でも、ムーミン先輩ん宅って、自営でしょ? ご両親、家にいるんじゃ?」


「朝から二時まではお店に出ずっぱりなの。それから遅めのお昼休みだから」


「なるほどねー。午前中は料理したり……しなかったり?」


 愛実が妙に意味深な笑顔を浮かべて、つついてきた。


「えー、どゆこと?全然わかんな〜い!」


「いまさらぶりっ子してもさ〜。杏とムーミン先輩がルナマートでセルフレジをいいことに、ほにゃららをスキャンしてるとこ、わたし見ちゃったんだよね~」


「ぎゃ~っ、珠樹、やめてやめてぇ」


「はいはい、知ってる知ってる。コイバナはあとでゆっくり聞くとして。まずは、食べようよ」


 珠樹のおしゃべり!もうっ!


 優美がさらっと仕切って、すっと立ち上がった。


「では、不肖わたくし、斎藤優美が乾杯の音頭をとらせていただきます!」


 全員、くすくすと笑う。


「えー、本日は“夏休みお楽しみ会”にお集まりいただき、誠にありがとうございます。

 まずは……舎利倉杏さん、ご結婚おめでとうございます!」


「「おめでと〜!」」


「してませんッ!」


「最初は不安もあると思いますが、なんでも気軽に相談してくださいね〜」


 優美のボケに、みんな笑った。


「皆で支え合いながら、素敵な家庭を築いていきましょう」


「ハーレムか!」

「誰の家庭だよ!」

「築かないわ!」


 みんなでツっこんだ。


「それでは皆様の今後のご活躍を祈念いたしまして、乾杯っ!」


「「「かんぱーい!」」」


 デュラレックスのグラスにコーラで乾杯!美味しいっ!






「じゃ、いただきまーす!」


 まずは愛実のカラフルおにぎりから。

 ひと口でぱくりといけちゃうミニサイズ。つられたようにみんなの手が伸びる。


「この鮭の、大人味!」「柚子胡椒?」

「梅と大葉のも、夏っぽい〜」「野沢菜最高!」


 ビリヤニを一口食べた。うっま!思わず目を見開く。


「うわ、スパイス本格的……鶏肉ほろっほろ!」


「マサラキットに、クミンとカルダモン増量してるの」


 優美が得意げに笑う。


「こっちの春雨サラダも美味しい!」


「夏みかん効いててヤバい!無限春雨?」


「ばあちゃん宅の夏みかんと、庭に勝手に生えてるパクチー入れたから」


「勝手に生えてるんだ」


「わ。杏のアラビアータ……トマトの旨みやばくない?」


「トマト缶煮詰めて、隠し味にケチャップの炒めたのも入れた。あとブラックソルト」

「さすがはグルタミン酸。いい仕事してますねー」


「マリネ、玉ねぎシャキシャキで美味しい〜」


「もやしナムル、カレー味でクセになる!」


 大笑いしながらいっぱい食べた。美味しかった。

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