おうちデート




 姫抱っこで噂になった日の次の日。

 わたしたちは正真正銘、カップルになった。


 登校も昼食も下校もあえていっしょにした。


 噂なんて本当の事があやふやだから面白いわけで、付き合ってる事が事実ならどこにも面白い事なんてない。


 すぐに何も言われなくなった。



 ……なぜだか、わたしが可愛くなったっていう評判らしい。愛実が教えてくれた。


「でかいムーミン先輩の隣に立ってると、そういう効果が発生するんじゃないの?」


 もうそれでいいよ。



 *****



 あれから日は過ぎて、今は夏休み。


 今日は何回か目のおうちデート。


 真秀くんの家に初めて行った日は、めちゃくちゃ緊張した。


「緊張することないよ。うち、ほんとに普通の家だから」

 バス停からの道すがら、真秀くんが言ってくれたけど――


 おうちがパン屋さんってそもそも普通じゃないし。


 真秀くん宅のお店。屋号は『Bäckerei Kugel』ベッカライ クーゲル。四階建てのビルの一階が店舗だった。


 店舗横の玄関を開けると、上がり框に続いてすぐ階段。真秀くんについて上がる。


「連れてきたよー」


 うわあ。すごくドキドキする。


 二階のリビングに案内されると、優しそうな女性が出てきた。


「はじめまして。真秀の母です。杏ちゃんね?ようこそ」


 真秀くんにそっくりの、あったかい笑顔。

 私はぺこっと頭を下げた。


「舎利倉杏です。おじゃまします」


 奥には、エプロン姿でソファに深く腰掛けてる大柄なお父さん。穏やかそうな雰囲気。


「おお、いらっしゃい」


 の一言。お母さんが、


「無口で愛想ないけど、恐くないからね」


 ってフォロー。はい、真秀くんに聞いてます。


 ふたりとも、パン屋さんって感じの、優しそうな人だった。さすがは真秀くんのご両親だ



 最近は、


「こんにちは〜、おじゃまします」


 って、軽く挨拶して上がっちゃうけどね。慣れってすごい。


「杏ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしてってね〜」


 お母さんはちょうど休憩中で、ソファで足をのばしてた。

 お休みの日にゆっくり来れたらいいなあ、なんて思いながら部屋に上がる。


 パン屋さんは忙しい。だから日中は、基本放置だ。

 だからふたりで、けっこう好き放題してる。


 今日はグラタンを作る。

 お母さんが「台所、自由に使っていいからね」って言ってくれたので安心。


 さて、材料の買い出しからスタート。これぞおうちデートのだいご味でしょ。


 近くのちょっと大きめな「田舎の紀ノ国屋」って呼ばれてるスーパーでお買い物。

 600円の駄オリーブオイルの横に、なにげに4000円の高級品が並んでて、びっくり。思わず笑っちゃった。


「このへん、小金持ち多いから」

 って、真秀くん。


 たしかに、美容室もカフェもなんかオシャレなお店が多い。


 カートを押しながら、ふたりで店内をうろうろ。

 なんだかちょっとカップルっぽいよね。なんか、くすぐったい。


 そうそう、真秀くんとわたし、兄妹に見られることが多い。

 このあいだもショップのレジで「やさしいお兄さんですね」なんて言われちゃった。


 外ではあんまりベタベタくっつかないし(外ではね)、真秀くんって落ち着いてるから、まあそう見えるのもわかる。


 ぜんぜんイヤじゃないし、むしろちょっと、うれしい。



 食材は買い込んだので、あちこちうろうろする。化粧品やサニタリーのコーナーもあったよ。


「え、コレも売ってるんだ」


「まあ、生活必需品だからね」


「じゃあ、買っとくべきですね」


「え?」


「だって必需品だし。絶対使うことになるしー」


 とかうそぶいて、小さな箱をカゴに入れた。まあ、そそくさとほかの品物の下に隠したけどね。


 真秀くんはすました顔してたけど、目尻がほんのり赤くなってた。


 セルフレジだから、こんなこともできるんだよね。でなきゃ恥ずか死にする!




 今日は鶏とエリンギのグラタン。ホワイトソースから丁寧に作った自信作だ。あとはチーズをのせてオーブンに入れるだけ。ジャーサラダも作ったし、ノンアルコールビールも冷やしてある。


 まだお店のお昼休憩には早い時間。ランチはご両親と一緒に食べる予定だから、今はちょっと一息。


「できましたね」


「うん、うちの親、喜ぶと思うよ」


「へへへ。だといいな」



 、真秀くんのお部屋へ行く。入った瞬間、いつも抱きついてしまう。朝から一緒にいたのに、こうして二人きりになると、なんだか気持ちが抑えきれなくなる。


 でもこのままだと、まるで「大木にしがみつくセミ」だから、ちゃんと目を合わせたくてベッドに座ってもらった。

 正面から、そっと抱きつく。ふわっと包まれる安心感。ぬいぐるみに抱きしめられてるみたいで、胸がぽかぽかする。ちょっとだけ、ドキドキもしてくる。


「真秀くん」


「ん?」


「わたしの部屋に、クンクンって名前のテディベアがいるんですけどね」


 そう言って、唇を軽く触れ合わせる。


「クンクンをぎゅってする時、本当はわたしの方が、ぎゅってされたいんだって最近分かったんです。だから今、とっても幸せです」


「そうなんだ」


 ……なんか反応が薄いなあ。って、あ!


「もしかして、上の空だと思ったら……いま、匂い嗅いでませんでした?」


「いや、それは……嗅ぐでしょ。嗅ぎますって、そりゃ」


 もー、エッチなんだから。


「じゃあ罰です。優しく、キスしてください」


 目を見つめながらそう言うと、真秀くんがまっすぐ見返してきた。


「杏の目ってさ、透き通ってて琥珀みたいな色で、すごく綺麗だよ」


「……やだ」


 照れて目をつむったら、まぶたにそっとキス。そのあと、鼻の頭にも。


「そばかすも可愛いし、唇も……ね」


 触れるようなキスが、だんだんと深まっていく。ここまでは、よくあること。だけど今日はちょっと違うかもしれない。


 腰を少し浮かせて、最初に抱きついた姿勢をゆるめる。……あ。


「……おっきくなってる」


「うん。杏も、顔すごい赤いよ」


「……あの、さっき買ったやつ……使ってみます?」


「うん。……じゃあ、しようか」


 午前の光が射し込む明るい部屋。真秀くんの前で、そっと服を脱ぐ。心臓が跳ねるくらい恥ずかしい。でも、たぶん私は、少しだけ――いや、かなりヘンタイなのかも。


 恥ずかしいのに、あえて進むのは、甘えたいから。全部さらけ出して、それでも抱きしめてほしくて。これは、真秀くんを信じているから、できることなんだよ。

 ……やっぱりヘンタイかな?


 すっぽんぽんになってしまった。


 まるで、高い場所から飛び降りるみたいな、そんな勇気をこめた一歩。伝わるかな。




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