球技大会


「初戦敗退、しょぼい、やることねー」


愛実がぶつぶついうと、隣でペットボトルの水をぐびぐび飲んでいた珠樹が口をタオルで拭きながら答えた。


「しょうがないよ、うちのクラスの運動部所属メンバーが四人も欠場なんだし」


近くにいたさっちゃんが申し訳なさそうに謝った。


「できる限りの事はしたんだけど、力及ばずでゴメン」


「さっちゃん急遽引きずりだされたんだから、しかたないよ」


「しっかしあいつら、何やってんだよ」


優美が、休んでいる女子と同中だった子に件の話を聞いていた。


「なんかさ、今日のためにスタミナ付けようとか言って、焼き肉大会やったんだって」


「あー、食中毒?」


「ピンポーン。杏さん、お見事。正解です。肉が食べ足りないって冷蔵庫にあった鶏肉漬け込んだヤツ食べて、そいつにあたったらしい」


「あー、それはやばいね。上も下も大騒ぎだな。お気の毒さま」


「終わってからやればよかったのにな」



グラウンドから審判の吹く笛の音、誰かの名前を呼ぶ声、ざわざわしながらゆるい空気の中、

クラスの女子たちは男子チームの試合をスタンドで待っていた。


男子たちがわいわいいいながら下を通ってゆく。神崎が、こっちにぶんぶん手を振って声を張り上げた。


「おー、みんな応援頼んだゾ~!」


女子たちはそれぞれに反応して、手を振ったり、口々に「はいはい」「がんばれよー」と返す。ゆるゆるなクラス女子だった。


「まあ、頑張って欲しいもんだね」


愛実がぼそりと言うと、優美がふっと笑う。


対戦相手の二年チームがグラウンドに現れた。グリーンのビブスを着た選手たちの中に、ひときわ目立つ体格の男子。


「あー、杏、ほらムーミンパイセンいるじゃん」


杏がそっちを見ると、愛実がニヤニヤしながら肩を突く。


「愛実、真秀先輩だってば」


「親しみ込めてるからいいじゃん」


「もー」


笛の音が鳴り、男子たちがグラウンド中央に集まっていく。


「おー、ガッツでがっつんがっつん行くぞー!」


神崎が大声でゲキを飛ばす。「おー!!」っと答える男子たち。


「あいつほんと声デカいよな」


「バカだからね」



 

 *****

 

 

 

 試合も終盤、スコアは互いにゼロ。

神崎が味方からのパスを受け、前線へと駆け上がった。軽やかなステップで相手選手をかわす。


「行け神崎!決めろー!」


味方の声援が飛ぶ。神崎もわかっていた。ここが勝負どころ。残す相手はただひとり、粕畠真秀。

そのムーミン体型と、ゆったり構えた姿を一瞥して、神崎は鼻で笑った。


「その図体じゃ止めらんねーって」


軽くフェイントをかけ、神崎は真秀の横をすり抜けるようにパスを出した。味方へのスルーパス、決まった。


と神崎が思った次の瞬間。


「なっ!?」


真秀が、鋭い動きで右足を伸ばしてボールをカット。神崎は思わず動きを止めてしまう。


「おい嘘だろ…!?」


真秀は神崎の逆を取り、カウンターに入る。神崎は反応できないで置き去りにされた。


「粕畠、すごーい!」

「抜いたー!信じられなーい!」


二年の女子から歓声があがる。


珠樹と優美はクラスの手前、控えめにしていた。

愛実は空気を読まずに、それでもこっそり杏の肩を叩いて喜ぶ。


「杏、いまのすごかったな。ムーミン、サッカーやってたのかな」


小さく笑う杏


「うん、今朝“僕、すばしこいデブだから”って言ってた。でもすごい」


真秀は味方にパスを出し、戻ってくるパスをまたテンポよくさばいた。流れは二年チームに一気に傾く。ボールは小気味よくグラウンドを転がり、相手の守備を崩していく。


真秀が最後のパスを出した。味方選手の足元にどんぴしゃ。そのままゴール左隅へシュート。


ネットが揺れた。


「ゴーーール!!」


主審のホイッスルが鳴り、グラウンドに沸き起こる歓声。ベンチも応援席も湧き上がる。


神崎はその場に立ちつくして額の汗をぬぐった。信じられないものを見たような顔。


「あいつサッカーやってたのかよ……」


真秀は派手にガッツポーズするでもなく、味方とハイタッチを交わしながら、にこやかに笑っていた。



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